2016年1月6日水曜日

春が来ても

置き去りにしたり、保留しているものが多すぎて、後悔と申し訳なさで、自分が誰なのか不覚になるほどの夜を何とか越える。スーパーマーケットで、品物に手を伸ばそうとしてためらう。いっぱいにふくれあがったスーパーのビニール袋を持って帰る家、そこに帰って来る人のことを思い出すから。もう買えないもの、行けないところ、見られない写真、はめられない指輪だけが増えていく人生だ。まだ死んでいない人が死んでしまったあとの世界を思って「もっと一緒に生きていたかった」と言いながら泣く。

怒りのあまり手が震え、煙草を2本も折ってしまった。長いままの吸い殻が不格好に灰皿からはみ出している。怒りに燃えている時は何本吸っても平気だ。酒が飲めないかわり、私は煙草で気持ちを散らす。「きみって煙草が似合うんだよな」と、当の怒りの対象である男から言われたこともある。本当に怒っていない時は上手に吸えず、気分が悪くなる。寝る前にうっかり煙草に口をつけてしまった夜は、どうしてそんなことしたのかと、地獄のような吐き気と頭痛に後悔しながら眠る努力をしなければならない。なのにあの人はどうして、朝起きてすぐに煙草を吸ったり、夜寝る前に煙草を吸ったりしても平気だったんだろう。

それはつまりぼくのことを好きじゃないんじゃないの、と、男はとうとう気がついたように言った。そうかもしれない、と答えてから、本当にそうなのかどうか考え始めた。それなのに翌朝、彼は、子どもを育てる夢を見た、と言いながら起きた。二人目も生まれたよ。ぼくひとりでは産めないと思うから、たぶんきみとの子じゃないかな、などと言って。

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