2019年9月10日火曜日

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日常の記録のほかに、旅をした時は特別に記録をつけています。以下、カテゴリ別に説明を記載。

2018シビウ国際演劇祭日記
初めて単独で批評家として招聘していただいた、ルーマニアのフェスティバル滞在記。だいぶ文体が変わっているのが自分でも分かります。


2016デュッセルドルフ滞在記
FFT Düsseldorf NIPPON PERFORMACE NIGHTに招聘され、ドラマトゥルクとして会期終わりにドイツを訪ねた時の記録。この2か月前から藤原ちからはひとりでリサーチを繰り返し、本を製作していたので、私のこの日記は、彼が仕事を終えたあとのもので、彼の苦労や孤独を汲み取ることがうまくできていなくて申し訳ないです。フェスティバルの様子やデュッセルドルフの街のこと、毎日のたべものなどの備忘録と思ってお読み下さい。


小豆島滞在記
瀬戸内国際芸術祭2016年夏会期に、劇団ままごとに帯同して「喫茶ままごと」の店員をしていた時の記録。劇団員の話はときどき出てきますが、坂手港の人々との交流が中心となっています。文中の固有名詞はあえて統一していないので、最初に出てきたあの人が、次はそれとわからない形で再登場していたりもします。


城崎再訪記
2016年7月に、ふたたび城崎国際アートセンターに滞在した時の記録。『演劇クエスト』改訂を目的に滞在しました。昨年出会った人々との関係がより成熟し、「ただいま」「おかえり」と言えるようになってからの日常です。


城崎日記
2015年8月に、『演劇クエスト』制作のために城崎国際アートセンターに滞在した時の記録。はじめて訪れた但馬で、だんだん人々との交流が深まっていく様子を書いています。


2012年北京日記
2012年6月に、まだ会社員だったころ、北京に出張した時にノートにつけていた日記メモを転記したもの。食べたものの話や、現地法人の中国人社員さんとの会話などの記録。天安門事件が起きた記念の日に北京に居合わせたことは、忘れがたいことです。


2012北京再訪日記
同年9月に北京にふたたび出張した時の記録。この年は、反日デモが大変に盛り上がって、危険ではないかと言われつつも、ひとりで現地に送り込まれたのでした。

2018年6月18日月曜日

二度目の謁見(14.06.2018)

早起きしてしまったので、朝食はひとりで食べた。それから8時過ぎにホテルを出て、嘘つき橋の脇の階段を降り、ロウアータウンへ。
 
ウエディングドレスショップが立て続けに並んでいて、東欧風の、日本の桂由美とかハツコエンドウとかには絶対ないようなナチュラルなヴィンテージ感に、見とれていた。こうした、温かみのあるウエディングドレスなら着たい。
 
ああ、なぜひとりで(ひとりじゃないけど)こんな国に来てしまったのか、何もかもが遠すぎて、でもそれはその何もかもを手放したからであって、そうしてこなかったら今私はここに居られないし出会った人々と出会えていないのに、身体が崩れて煉瓦のひとかけらになってしまいそうな気持ちで上を見上げると、窓から白と黒のネコが二匹、顔を出していた。顔だけでなく半身を乗り出しており、のんびりと優雅に町を監視していた。
 
「にゃー」「ミャオー」など様々な鳴き方を真似して気を引き、シャッターに収める。ふらりと現れた東洋人ももともとのこの町の住民も、ネコには関係ないらしい。

両替所に行くも「9時からしかやってない」と言われる。なお、その時、時刻は9:30であった。ルーズベルト。ルーズリーフ。ルーズソックス。(これは「ルーズ」と変換するにあたり入力ソフトが提案してきた3つの単語である)OK, I'll come back later.
 
しばらくのち、両替は無事できた。古着屋さんにお邪魔してはワンピースを試着させてもらったりする。今日の収穫は、今のところなし。薬局で美容クリームを買えるだけ買う。
ボランティアのGS嬢からランチの誘い。広場奥のカフェでスープをふたつ頼む。私は、グリーンのペーストスープにハードボイルドエッグが乗ったもの。GS嬢はグーラッシュ。たくさん話し合い、よい意見と体験の交換ができた。
その後、14:45TK女史とKM嬢と3人でルーマニアレストランでランチ。チョルバというスープを二つ、サルマーレというロールキャベツ、肉とママリーガの盛り合わせでおなかいっぱい。
 
その後、ひとりで町いちばんの評判のジェラテリアでピスタチオアイスを食べる。ふと、スーパーマーケットの側に、特に私好みのおみやげもの屋を見つける。ルーマニア南部のロマ風の赤いストールを買った。
 
幸運なことに、同行者を探していた人をひとり見つけて "The Scarlet Princess" 二度目の観劇。

初日は歌舞伎の花道の横だったため字幕が見づらかったが、後ろの席の見やすさよ!! 助かる。プルカレーテ、やっぱり展開が早すぎるというか緩急が凄まじい。姫が権助に犯されて子供できてから、生まれたときから閉じたままだった彼女の左手が開くのが原作だけど、プルカレーテ版は逆で、もっと早く左手が開いた。
初日から大きく演出を変えた点は、見あたらない。

でも原作だと権助に犯されてから姫が彼に惚れると思っていたのだが、プルカレーテ版にはそのくだりがなかった。犯される→権助の刺青を見つける→惚れて自分の腕にも刺青入れる、が原作だったような……?

プルカレーテ版は、姫が最初に彼の刺青を見つけ、犯されずに自分で彼を誘っていた。
あとでKM嬢が調べたところ、歌舞伎では姫が権助に犯されたシーンはセリフでしか出てこないらしい。犯された時の快感が忘れられずに、姫は自分から権助を誘って、二人は抱き合う……ということで、プルカレーテ版は歌舞伎版に忠実なのかもしれなかった。
あと、白菊と死に損なって、桜姫を白菊の生まれ変わりと信じてつきまとう清玄の気持ち悪さと変態さもなかなかだった。

最初、白菊と清玄の心中の思い出から始まったため、物語は清玄の走馬灯になるのかと思いきや、生命力溢れる桜姫に乗っ取られてしまった。メインテーマは、恋した男が悪人だった女の業だった。

清玄と再会して恋に落ちる話じゃないのは謎だとかねがね思っていたが、しかし、これは白菊とともに死にきれなかった清玄の情けない人生の結末でもあり、その業が彼を幽霊に、最後には化け物にしてしまったのだ。

そう思うと清玄が、始めからひげを長く生やした老人の風貌だったり、黄色の異様な衣装で現れたり、スマートさをいっさい見せさせてもらえなかったのも分かる。死にきれなかった清玄への、罰の物語というのが裏にある。桜姫が清玄を選ばないからあんなにおじいちゃん清玄が暴走してキモくなるのだ。

毒蛇で死んでなお幽霊として姫にまとわりつき、最終的には祟り神のような全身白いモフモフになって彼は死んだ。じじい、モフモフになって死す。

モフモフは実は序盤で、娼婦になる前の桜姫を襲う役回りとして群れで登場していた。おそらくあれは、男性たちの欲望の根源のイメージ。モフモフは刀を股から出していて、あれは男性器のメタファーなのだと思った。それらモフモフを斬り捨てたのが権助であり、のちに姫は彼に惚れたものの、自分の父と弟を殺したのが権助とわかり、権助との子どもも殺し、市中引き回しのあげく権助を撃ち殺した。

引き回しの場面は、ルーマニア革命で殺されたチャウシェスク大統領夫妻の隠喩だろう。そして権助は、チャウシェスクとおなじ銃殺で死んだ。

この作品では、原作の歌舞伎よりも桜姫が強い自立した存在である。そのように「女性像」を書き換えてくれて、プルカレーテ氏、ありがとうという気持ち。桜姫は、搾取する権助をも討ち取って、自らの幸せを手に入れた。赤ちゃんは、可哀想であったが……。

桜姫の衣装が真っ赤である! という強さを改めて感じた 。最後には彼女はキャミソールドレススタイルの衣装を引き裂き、ブッダのような様相になる。あの強さは、レット・バトラーを手放して、自分の道を歩んでいくスカーレット・オハラにも見え、非常に力づけられた。クライマックス、カーテンコールでポーズを決める桜姫と権助のカッコイイことよ。なお、桜姫は男性、権助は女性が演じた。
 
衣装その他については今後随時追記。

2018年6月16日土曜日

パパとママのために僕は死ぬ(13.06.2018)

13:30より、フォーラムを聞きに行く。街中の、入口の分かりにくい、しかし内装はスタイリッシュな会場。この日のテーマは "Role of the Built Environment Shaping Visitor Experience" というもので、パネリストはディレクターや建築家など様々な職種の人物たち。デンマークのルイス・ベッカー氏、アメリカのエリック・バンジ氏、ルーマニアのアレクサンドル・ガヴォツデア氏、日本からは隈健吾氏が参加。特に印象深かった言葉をいくつか。

ルイス・ベッカー氏による「アイコニックな建築は人々のアイデンティティになる」。

エリック・バンジ氏による「劇場をつくる際、あるいはどこかを劇場と見なす場合に考えるべきことはふたつだ。そこにやってくる人々のこと。そして、コンテクストのこと」。

アレクサンドル・ガヴォツデア氏による「共産主義時代のルーマニアの劇場の建物は古かったが、人々が集まる場所としてはよかった。この20年でかなり改修が進み、(シビウ演劇祭のディレクターである)キリアックが2000年頃から演劇祭を拡大していった。人々が、演劇というものを、(※筆者補足:おそらく何かのプロパガンダとしてではなく)アートとして楽しむようになったのもその頃からだ」。

16:00近くになってから、劇場にゆくTK女史を見送って、KM嬢とファストフード店で遅いランチ。チキンライス、チョルバ・ド・プイ(鶏肉のスープ)を食べる。量が多い。そして美味しい。

17:00ごろ、ホテルのスパでひと泳ぎ。温水プール以上、温泉未満の水温。プール並みの深さがあり、スイッチを押すとジェットバスが動き出したり、滝から水が流れ出てきたり、なかなかのスケールだった。ただし、スイッチを押したものの止め方が分からず、そのまま横のオフィスの人に状況を託してスパを出た。

18:00からラドゥ・スタンカ国立劇場にて Teatrul Metropolis というルーマニアのカンパニーによる "Hamlet, The Prince of Denmark" を観劇。舞台はシンプルなソファ、古いテレビ、そして上手に生演奏のピアノや管楽器、コーラス。上演時間が休憩ありの2時間50分と知らされていたので、原作どおりに進めるのかな? と思って観始めたが、先代デンマーク王の亡霊が現れるのではなく、彼の葬式のシーンから始まったのでやや意表をつかれた。若々しく威厳のある父で、ハムレットが父をいかに慕っていたかが表される。葬儀後、先代王は舞台上に再び現れ、ハムレットに自らの死の真相をほのめかす。存在感が強い。これはエピローグへの伏線。

以下、『ハムレット』のあらすじ、登場人物は読者が知っているという前提で書き進める。

ハムレットは、父と自分の写真をロングTシャツに安全ピンで留めている服装。かなりラフである。それに対し、クローディアスやホレイショーや、ローゼンクランツ、ギルデンスターンは、王室関係者らしい服装とまではいかなくてもかっちりしたスーツ、ベルベットのようなコートを着ている。レアティーズに至っては革ジャンで、不良っぽく気が強そう。しかし不思議とちぐはぐには見えず、ハムレットがやさぐれた引きこもりだから、だらしない格好をしているように素直に受け入れることができた。マザーコンプレックスかつ、強いファザーコンプレックスを抱いており、母がすぐに再婚したことが嫌でたまらず、そのあまりコミュ障になってしまった若者がたまたま王子だった、というように受け取れる。あるいは、王室のように裕福な「家庭」だからこそ、安心して甘ったれることができたというか。

ちなみに舞台上に英語字幕が出るが、オペレーションのミスがひどく、スピードが早すぎてまったく読めない部分が多々あった。『ハムレット』でなかったら完全にストーリーを見失っていた。「弱き者、汝の名は女」を始め、有名な台詞の数々はそのまま使用。

あえて言うなら、クローディアスがくつろぐ時など、たまに舞台上のテレビが付けられて白黒映像が流れるのだけれど、ある種の現代化にしては不成功だったように思われる。

演技のスタイルは、いわゆる真っ正面からの熱演。ガートルードとクローディアスの性愛描写も肉感的である。ハムレットの悩み方が、マザコンとファザコンのミックスの上に成り立っており、内向的だが、その在り方に説得力を持たせるだけの自分勝手なキレっぷり。甘えて母に当たり散らす、狂った息子に見えた。

そんなかっこ悪めのハムレットとなぜ(表向きは隠されているけれど)相思相愛……? と感じてしまうほど、オフィーリアは魅力的。鼻っ柱が強い訳ではない、お嬢様ゆえの気の強さがにじみ出ており、第一印象がまず好感。そこから、10代の少女(ですよね、確か?)らしい、あの年代特有の熱っぽさと真正面からハムレットにぶつかっていく様子。「尼寺へ行け!」と言われて、打ち拉がれるのではなく戸惑って怒って、最終的に泣いて去っていく。まさに、リアルな恋人同士の喧嘩。「え……どうして? 何で急にこんなこと言われなきゃならないの?」という、雰囲気。

ここでのハムレットはかなり暴力的にオフィーリアを虐める。首をつかんで床に押しつけ、髪を引っぱり、罵倒する。実はそれがエロティックに私には見えて、なぜならその力の奮い方に押し殺された歪んだ愛情を感じてしまったからだ。乱暴なセックスに興じるカップルのよう。日本でここまでの暴力的な描写は見かけない。やはり、演出家が俳優に、無意識に配慮してしまうのだろうか? それとも、愛と暴力が恐ろしくも紙一重であるという感覚を表出させる演出があまり好まれないのか?

そのあと、ハムレットがクローディアスの悪事を暴くために劇中劇を上演するのだが、そこにはオフィーリアも来た。ピンクのドレスの盛装で、気丈にハムレットを無視。そのつんとした感じが私の気に入る。あとで気づいたことだが、ここでオフィーリアがただ怒っているだけであり、落ち込んでいない、むしろ恋人同士の派手な喧嘩に収まっているということは、のちに彼女が狂ってしまうのは父、ポローニアスがハムレットに殺されてしまったからで、肉親の絆というのがこの演出において重要視されていることがわかる。

最高だったのは、ポローニアスの殺し方が剣ではなく角材での撲殺だったこと。「ねずみかな?」という例の台詞のあとにハムレットが大きな角材を手に裾にさがり、下手からものすごい殴打の音。そして頭から血を流し、よろよろと現れたポローニアス。衣装で血糊で床が汚れるのをさりげなく防ぎ、ガートルードが死体を引っ張って上手にはけるのもスムーズで美しかった。

さて、ご存知のとおり、ポローニアスから怒濤の死の連鎖が始まるわけである。

気がふれてしまったあとのオフィーリアの素晴らしさを、伝えきれる気がしない。落書きだらけの乳母車をひっぱってきた彼女は、白いレースの洋服、輝くティアラを頭につけ、まるでお姫さまごっこをする幼児に退行してしまったようだった。そんな幼児じみた彼女は人形遊びをしながら、人形同士を笑いながら性交させたりする。つまりここから大切な処女を捧げたハムレットが父を殺したというショックが窺い知れるわけで、レアティーズがいくら宥めても彼女の狂気は止まらない。ちなみにこの期間、ハムレットはクローディアスの陰謀でローゼンクランツ、ギルデンスターンとともにイングランドに行っており、不在。かなりオフィーリアの狂気の過程に時間が割かれる。一度はけて、舞台上が薄暗くなり、天井から小さな滝ほどの量の水が振ってくる音がする。そこにやってくるオフィーリア。振りそそぐ水で遊び、笑い声をあげながら歌い、水たまりにばたんと倒れ込んで、溺死。俳優がひとり出てきて、オフィーリアを抱き上げて裾に下がる。

さて、身代わりにローゼンクランツ、ギルデンスターンを殺してきたハムレットがイングランドから戻ってきた。ローゼンクランツ、ギルデンスターンの二人は容姿も服装も似ていて、ボーイズラブのような描かれ方をされていたのも手が込んでいたので死んだのは寂しかった。物語上致し方ないとはいえ。

ハムレット、ホレイショーが出くわしたのはオフィーリアの墓を掘っている墓掘りたち。彼女の死を知らず高揚しているハムレットは墓掘りたちとギターを引いて歌い出したりする。そこへオフィーリアの棺が運ばれてくる。このオフィーリアの遺体の美しさは、ジョン・エヴァレット・ミレーの有名な絵画を超える素晴らしいもので、薄いヴェールをかけられ息ひとつしないまま目を閉じていた。彼女の葬儀の描写が、冒頭の先代デンマーク王の葬儀と同じスタイルで執り行われたのも象徴的だった。それを目撃したハムレットはショックを受け、棺に追いすがって墓に入る。レアティーズが「お前のせいだ!」と言いながら殴りかかり、二人してオフィーリアが埋葬された墓の中で、彼女の遺体を踏み荒らしながら乱闘する様子は、死後のオフィーリアのみじめさをいっそう際立たせていた。

そして二人はフェンシングで決闘することになる。えっ、フェンシングのマスクをかぶるとどっちがハムレットでどっちがレアティーズか分からない! と思ったが、ハムレットのフェンシング服の背には王家の紋章が刺繍されていて、それで見分けた。あと、たまにマスクを外して息をつくので、それでも判別可能だった。かって飛び散る真珠の玉。お互い、毒のついた切っ先で傷を付け合い、死を覚悟したハムレットは毒の残っているグラスを手にし、クローディアスを信じられないほどの力で押さえ込んで抵抗する義父の口にグラスを押しつけ、酒を流し込む。ここも爆発的な暴力、explosive violence.......を感じて身の毛がよだつ思いがした。

死を覚悟したハムレットは「ママー!!」と叫び、ガートルードに寄り添って腕を取り、死んだ母親に抱きしめられながら息を引き取った。最後まで、父と母に執着し、母を奪われた憎しみを具現化した若者として、ハムレットは死んだ。

ここまで原作に忠実に上演されてきたように思われるが、フォーティンブラスの存在はすべてカット。王室が舞台ではあるけれど、隣国との緊張関係や軍事的、政治的な描写をなくし、ひとつの「家族」の物語に演出されていたというわけだ。ホレイショーは、フォーティンブラスではなく、観客に向けて「この悲劇を語り継ぎましょう」と言う。そこへしずしずとやってきたのは、先代デンマーク王。彼が累々と重なる死者たちの遺体の手を引き起こしたところで、終幕。

その後のエピローグシーンが秀逸だった。舞台上に、劇中で死んだ人々が全員現れ、自分たちの写真を大きく引き延ばしたネガフィルムを壁に貼って、横並びになる。赤い照明に照らされたのち、再び暗転。どれほどの死者が溢れた悲劇だったことか。毒殺、撲殺、手紙のすり替えによる殺し、溺死。どれも哀れだ。「家族」がこじれた結果、これだけの人が死んでしまった。それらを非常に情熱的に演じ切った俳優たちも見事だった。私が素晴らしいと思ったのは、特にオフィーリア、ハムレット、クローディアス。

KM嬢は22時からの別の演目のために早々に退出。私は、雨がぽつぽつ降る中、劇場側のフェスティヴァルクラブに寄って、ボランティアやゲストの友人たちと少し話した。ビールを1杯飲んでいたところ、 赤ワインを見知らぬ男性ボランティアからごちそうになる。彼は今年40歳とのことで、生まれてこのかたずっとシビウに住んでいるという。「1989年の革命を覚えている?」と訊ねると「自分はあの時子どもだったけれど、子どもたちの間でしばらくおもちゃの銃撃戦ごっこが流行ったよ」と教えてくれた。流血の記憶がすぐそこにある国。今も流血の可能性と地続きにある、この大陸。

降り出した雨は夜中に激しい雷雨に変わり、まるでこの世が終わるみたいだった。それでも、誰が死んでも、いくつ政権が変わっても、また世界に朝は来るのだ。

2018年6月14日木曜日

私はどんなふうに振る舞えばいいの?(12.06.2018)

朝食では、スクランブルエッグではなくゆで卵に挑戦。久しぶりにゆで卵を食べた。

午前中、KM嬢と今度は街の北側へ散歩。坂の上にあるアッパータウンと、下にあるロウアータウンの境目まで行く。アッパーとロウアーというのは階級を意味するのではなく、観光地であるアッパータウンか、住宅街であるロウアータウンか、という違いしかない。

昨日のように、手当たり次第に雑貨屋に入ってはおもしろそうなものを探して歩いた。嘘つき橋(The Bridge of Lies)の脇に、小さな洋服店を見つける。入ってみるととても感じのよい女性が店番をしており、ブルーの花柄のノースリーブワンピースがあったので鏡で見ていると「試着する?」と聞いてくれた。調子にのって他にも2着着てみたが、最初のブルーのワンピースがいちばん気に入ったので、買った。80レイ。

日記を読んでくださっている皆さんからは、お前は服と食べ物とコスメしか買っていないのか、とお叱りを受けそうだが、ちゃんと、評判のよい演目は追加でチケットを購入している! 演目の人気が出てしまい、取れない時もあるけれど……。

あまりにブルーのワンピースが気に入ったのと、外がとても暑かったので「このまま着ていくのでタグを取ってください」とお願いし、着替えて散歩を続けた。Tシャツ、ジーンズで歩いていた時に比べて、急に、男性たちの視線がこちらに向き出したのがわかる。あからさまに声をかけてくる男が増えた。ChineseかKoreanかJapaneseかは恐らく彼らにとってどうでもよくて、東洋人がなんかイケてるワンピース着て腕と脚を出してるぜ、フー! と言った感じなのかもしれない。やや複雑な気持ちになり、道ばたで煙草を取り出して盛大にふかしてやった。私のおしゃれは私のためだし、私の喫煙は私のためである。

チョルバ・デ・ブルタというハチノス入りのガーリックスープを近くのファストフード店で食べる。9レイ。スープだけかと思っていたらパン付きで、私の胃袋にとっては立派な軽食になった。具がめいっぱい入っていて美味しい。街には子どもがたくさん集まってきており、アイスクリームなどの屋台を含め、ここのファストフード店にも子どもが大勢来ている。いやに子どもの人数が多く、引率の大人が少ない。学校の遠足っぽいな、と分かることもあれば、これは誰がどの子の親? みんな子だくさんすぎない? と思うくらい、子どもだらけのこともある。子どもたちはアイスとレモネード、それからドーナツが大好きだ。

20時から、"LURRAK"というコンテンポラリーサーカスの演目を観る。Lurrak Antzerkiaというスペインのカンパニー。登場人物はある工場で働く労働者たち、それを統率するいけすかない上司がひとり。工場を模したステージ上で、女性が宙からぶら下がった鉄の輪で華麗にアクロバットを繰り広げたり、屈強な男性がロープパフォーマンスをおこなったりする。上司は終始、嫌みったらしく、でも肉体的には弱っちい役柄で、ときどき台詞はあるものの、字幕がなくてもジェスチャーと口調だけでシチュエーションが分かるくらい、戯画化されたものだった。その中でサーカスとしての技が次々繰り出され、最終的には上司もロープで釣られて力強くパフォーマンスし、結局、労働者と上司は和解しておしまい、という筋書き。途中で、パフォーマーたちが観客を何人かステージに上げて一緒に踊らせるシーンがあったが、中盤にそのシーンを組み込む意図は不明。そして当然かもしれないが、選ばれたのは恐らくルーマニア人(もしくはヨーロッパのどこかだ。つまり、白人だ)であり、パフォーマーたちは東洋人の私になんて目もくれなかった。

こうして朝から少しずつ蓄積してきた違和感は、次の演目を観て横溢することになる。

それが、イギリスのカンパニーである Luca Silvesrini's Protein "BORDER TALES" である。マチネ公演を観たKM嬢から「ぜひあなたの感想を聞きたい」と意味ありげな(ポジティブな意味の)連絡をもらっていたので、ドキドキしながら劇場へ向かった。ちなみにルカ・シルヴェストリーニは、城崎国際アートセンターに2015年に滞在し、街の人々と "CROSS ROAD" というコミュニティダンス作品を手がけたコレオグラファーでもある。城崎の友人たちがことあるごとに「ルカは素晴らしい人だ」「あの作品は最高だった」と今でも言うのをずっと聞いていた。彼らの話しぶりから、ルカ・シルヴェストリーニこそが、発足して2年目ほどだったアートセンターを、決定的に街に認知させたのだと私は感じている。城崎の人は愛を込めてルカを「魔法使い」と呼ぶ。ほんの少し現実を解体してねじを締め直すだけで、まったく世界を変えてしまう「魔法使い」なのだ、と。

"BORDER TALES" は、ダンスと台詞を交えた作品。初演は2013年、エジンバラにて。主人公は、典型的なイギリス人男性。ばりばりのBritish Englishを喋り、エリザベス女王を尊敬している、と語る。そこへ、Irishの男性、両親がイギリスに移民としてやってきたムスリムの男性(申し訳ない、国の設定は失念した)、同じく台湾から両親に連れられてきたアジア女性、同様の環境のナイジェリアの血を引く黒人女性、コロンビアのミュージシャン(実際に劇中でも演奏していた)などが現れる。彼らは自らのルーツとアイデンティティを語りながら、それでもイギリスに受け入れきってもらえない虚しさを抱えている。ナイジェリアにルーツを持つ女性は「私の母は昔からいつもこう言ってたの! 女はめしを作れ! 家事をしろ! って。でも私はそれが嫌だった。だからロンドンに住んでる」と言う。台湾移民2世の女性は「みんな私に聞くの。どうしてイギリスに来たの? って。でも、私はここで生まれてここで育ったから、そんなの聞かれても困る」と語る。

主人公は、そうした全員を招いて "Welcome" と書かれた風船を持ってきてパーティをしようとする。しかしそれは空回りし、彼は勝手に、客人たちの飲み物を「ジャスミン茶」とか「ウイスキー」とか決めつけてしまう。ムスリム男性が「ハラルウォーターをくれ」と言った時に戸惑ったところは、笑いどころではあった。もちろん、笑う人は誰も居なかった。随所に民族的な舞踊、それらがコンテンポラリーにアレンジされたものが交えられ、複雑な境界の問題が身体のリズムとともにダイナミックに盛り上がってくる。身体が伴っているから、頭でっかちに先走っている感じがなく、嫌みがない。

しかし、昼間から「女性であること」「東洋人であること」の、当たり前の異端さをじわじわと感じていた自分、そして狭い日本に嫌気がさしてヨーロッパで日本のことなんか忘れたいと思っていた自分にとって、 この演目はとても切実なものだった。もし私が、舞台に上げられていたら、君の宗教はShinto, 君の飲み物はgreen tea と言われていたことだろう。そして「女性ひとりでヨーロッパに何しに来たの?」とも、問われる。直接言われることはなくても、絶対に、彼らのまなざしが私にそう問う。

終盤、主人公はみんなの気持ちがわからず「どう接していいかわからないから教えてくれ!」と叫ぶ。しかし別の人物から「それは自分で考えろ」と言われてしまう。主人公以外のダンサーたちは客席、あるいは舞台の奥に散り、懊悩して落ち込む主人公を眺めている。

日本で、政治的な問いを含む作品がつくられることは珍しくない。でも、日本である以上、宗教の問題は観客に響かないし(私が宗教にかんする点において日本の観客をまったく信用していないというのもある)、これだけの人種が移民で首都に住んでいるということを可視化すること自体がおそらく難しい。いちばん近い問題は、在日韓国人の永住権にかんするテーマだと思うが、今のところ在日韓国人の現在、3世を越えてもはや4世に突入しようとしている時代、を描写している作品に出会うことは稀だ。それが私の知見不足だとしても、少なすぎる。絶対に。

脱線するけれども、日本の植民地侵略時代を描いた作品や、日本からの南米移民を描いた作品は、ある。いくつかの権威も得ている。だが、日本国内に住む外国人のこととなると、まだまだこれからだ。これからに、本気で期待したい。そうでなかったら、日本の演劇界には希望がなさすぎる。

何度か公言していることだが、私は大学生の頃の恋人が在日韓国人3世であったため、その頃から移民、在日韓国人のことを非常に自分ごととして捉えて考えてきた。考えるほど「俺とお前は違う」「絶対にお前は俺を理解できない」と言われた記憶がよみがえる。それは、打ちのめされてパーティを途中でやめてしまったあの主人公の姿に、重なるのだ。魔法使い、ルカ・シルヴェストリーニに私があらためて掛けられた呪い、あるいはまじないが日本で解ける日は、いつになるだろうか。

終演後、拍手をしながら流した涙は、感動したからではなく、悲しくて悔しくて、でもそれをルカがこんなふうに掬いあげてくれたのが何より嬉しかったからだった。

愛の苦しみ(11.06.2018)

朝食の会場でKM嬢と待ち合わせるのがもはや日課となっている。演目の開始はだいたい16時〜23時なので、日中はお互い仕事をしたり、日用品を買いに出かけたり、街の散歩をしてフェスティヴァルの空気を肌で感じている。

今日は、二人とも追われている締切がなかったので、朝食のあとに、ホテルのスパに入るための水着を買う目的で、15分ほど離れた大通りまで散策に出かけた。古びたファッションビルが並んでいて、片っ端から入ってみる。一言で、日本人に伝わるように説明するなら「しまむら」であった。服、靴、水着、帽子、何でもごっちゃに売っている。婦人服が多いが、まれに紳士物もある。フロアで分かれていたりは、しない。ワンピースや靴に花柄やカラフルなものが多く、KM嬢と二人で「可愛い!」「これも可愛い!」と連呼していた。昨日、アレクサンドラにも「可愛い」という日本語の意味と用途を教えたのだが、改めて考えると「可愛い」は本当に万能で、very useful! と伝えたのもあながち間違いではない。KM嬢は10レイほどのショートパンツをお買い上げ。

その後、市街の真ん中まで戻り、大きな教会を目指す。プロテスタントの、ホーリートリニティ大聖堂。壁画、天井画が非常に美しく、いわゆるミサ(プロテスタントだから礼拝か)のための椅子がない状態で、とてもひろびろとした空間だった。飾られている聖母子の絵の前で十字を切り、祈る。

KM嬢がアイスを買う。生姜アイスを彼女はチョイス。素晴らしく美味だった。

そのあと、私のわがままで、小道の奥にあるドレスショップに寄らせてもらう。オフホワイトの、パフスリーブで、脇が編み上げになっていて、最高に可愛いロングドレスを買った。昨日見かけてから恋いこがれ、やっぱり欲しかったので買ってしまった。200レイ。

夕方までお互いひと仕事、ということでKM嬢とホテル前で別れる。すぐそばにアイスの屋台があったので、レモネード(名物)飲みながら仕事したいな、と思い買うことにした。しかし、値段が6レイなのに、財布には5レイ50バニ(※レイの補助単位)しかなかった。あとは50レイ札とか、つまり夜店のたこ焼き屋で1万円札を出すくらい非常識なことなので、正直に「レモネードが欲しいのですが only 5レイ50バニしかありません」と言ったら「OK!」と言って売ってもらえた! この街で、何かに成功したような気がした。

ルーマニアのお買い物、特にスーパーマーケットは面白くて、細かいおつりが本当は53バニなのに50バニしか返してくれなかったり、18バニなのに20バニ返してくれたりする。細かい10バニ以下のコインが面倒なんだろう。ちなみにバニは複数形で単数形はバン。レイの単数形はレウ。

そのあと、調子に乗って別の店でグリーンスムージーも飲む。「にんじんベース」「緑の野菜ベース」「ベリーベース」など、メニューを見てだいたいは分かるようになっていたけれど、「緑の野菜ベース」のうちからなるべく何が入っているか読めないものを選んだ。15レイ。つくっているところを見ていたら、りんご、セロリ、パイナップル、パクチー、生姜などが入っていた。美味。

16時から、Kibbutz "Mother's Milk" を観劇。イスラエルのカンパニーによるもの。開始した瞬間に、ダンサーたちの圧倒的な体の軸の強さを感じる。ポジションをどう崩しても必ず高い位置に軸があり、安定感と実験的な振付の往来を可能にする。男女から始まり、親子、同性同士など人間の様々な愛の形が揺れて少しずつずれ、一個人のものとして獲得されていく様子が描かれる。黒のシンプルな衣装も美しい。 "Mother's Milk"というのは、恐らく親子の愛とすれ違いが描写されていたこともあるが、すべての生き物は母から生まれ、離れ、なにがしかの愛に出会い、傷ついたり幸せになる、という普遍性を象徴していたようにも思う。"Milk" はちょっと、作品意味を狭めてしまっていたかもしれない。暗喩があったのだとしたら私には読み解けなかった。しかし、満場一致の(というのも変だが)自然発生的なスタンディングオベーション。上演時間は1時間。

20時から、Teatrul National "Radu Stanca"Sibiu (国立劇場の俳優たち)による『ヘッダ・ガブラー』。こちらは休憩ありで3時間。初日にブカレストから車で一緒だったアシュリーとロビーで再会して、抱き合う。

宇宙船のようなSF仕立てのセット。下手に配置されている、黒い鋭利な形をしたソファが、おそらくガブラー将軍の棺なのだろう。そこに、ヘッダの母が座り、幼少期のヘッダが懸命に母の気を惹こうと健気にがんばっているところから物語は始まる。なお、ヘッダの母はのちのち何度か舞台に登場するが、いっさい言葉を発することはない。死んでなお娘のコンプレックスの根源でありつづける亡霊として見事な存在感だった。ところどころスタンドマイクを使って、俳優たちの発声を意味ありげに聞かせる演出が特に成功していたと思うが、それは別としてもヘッダ役の俳優がとにかく魅力的に感じられた。コケットでありながら、強さ、脆さをあわせもっていた。特に、強気であるほど弱い部分が引き立つのだ。ヘッダは男を振り回す魔性の側面を全面に出すと、食傷気味になるし、後々のスキャンダルを恐れて弱気になる側面との整合性が取れなくなるため、本当に難しい役だと思う。

演出は終始SFであり、宇宙服を着る場面があったり、ロケット発射の描写があったり、"Hey, Siri" と登場人物がiPhoneに話しかけたりしていたけれど、物語の筋は丁寧に原作をなぞっていた。それがもしかしたら、イプセンの時代の女性の葛藤のリアリティを下げていたかもしれないけれど、でも時代がどれだけ変わっても、みずからの女性らしさに時に縛られ、苦しむ女性は居るものなのだ。たとえ、何人もの男から愛されたとしても。

休憩前に、登場人物たちによる自己紹介(リアルなもの)とダンスタイム……アメフトでいうハーフタイムショーのような感じと言えば伝わるだろうか、紙吹雪が乱れ飛び、観客は手拍子でのりのりになる中、ヘッダが妖艶に踊り、男性たちもそれぞれソロダンスを披露する時間があった。ここで終わっても、名作になったかもしれない。実際、終演したと勘違いして帰った客も散見された。ちなみに休憩前直前のシーンは、テアがヘッダに、レーヴェボルクとの不倫を打ち明け、涙にくれるところで、誰も死んでいないから後半を観るべきだったけれど、盛り上がりとしては確かにハーフタイムショーが一番だった。

後半まで観て、ヘッダが追い詰められて死を選ぶところは説得力があったけれど、先に死んだレーヴェボルクとヘッダが、ラストシーンで仲良く宇宙船で宇宙に飛び立ってしまった。いや、お互い、生きたいように生きられず、人間同士としては激情を交わすには向いているけれど平穏な結婚生活は送れない相手だから、死んでからともにある、しかし孤独に宇宙に放たれてしまう、というのは悪くはない。スケールが大きい演出だけに、また、イプセンの女性描写というものは万人の納得できる演出というのは難しい、ほぼありえないと私は考えているので、ラストが綺麗に収まりすぎてしまったのはややもったいなかった。

イプセンの上演は2018年現在、ますます難しくなっていると感じる。どんな演出にせよ一長一短で、だが、ノラ(『人形の家』)のような世間知らずの弱い女、ヘッダのようなスキャンダルを恐れて自分を出せない女が滅んだわけではない。実際には、今もノラ、ヘッダのような女性は居わけで、そういうのを知らずして「イプセンの戯曲は今の女性像に合わない」とは言いたくないし、やたら強い女性に改変された演出も見たくない。時代が進むにつれて、様々な女性像が可視化されて、ある程度(ある程度、というところが重要だ!)許容されてきただけであって、変わらぬ苦しみの中に居る人は居る。

国立劇場のレパートリーのためか、終演後、ロビーで薔薇の花を観客たちに配っていた。ホテルの部屋に帰り、空いたペットボトルに水を入れて挿した。部屋に赤みがさして、美しい。

2018年6月12日火曜日

雪の小花のワンピース(10.06.2018)

またしても朝ごはんのタイムリミットぎりぎりに目が覚める。9:50にダイニングに何食わぬ顔でゆき、スクランブルエッグ、ハム、パンなどを頂く。KM嬢と本日の計画を練る。実はホテルにはスパがあって、見に行ったのだけど深い温水プールのような、温泉のような、サウナもある場所で、しかし行くには水着が必要なのらしかった。それで、ZARAが近くにあるから見に行ってみる? みたいな相談をしていたというわけだ。結局ダイニングには10:30頃まで居座ってしまった。

昼には、KM嬢とルーマニア料理店へ赴いた。サルマーレ(ロールキャベツ)が品切れだったので、トゥキトゥラ(ビーフシチューのようなもの)と、クロケット(チーズのフライ)、追加でミティテイ(ラムと豚のつくねのようなもの)を頼む。トゥキトゥラにはマッシュポテトならぬマッシュコーン(正式名称はママリーガ)、ミティテイにはパンがついてきて、副菜にも大満足。私は、海外に行く時はまったく和食が恋しくならないタイプで、その土地でしか食べられないものにしか興味がない。

毎日タイムテーブルとにらめっこで、移動時間、上演時間を見越してその日のタイムスケジュールを調整する。昨日のプレカレーテの作品は、徒歩で30分かかるくらいの場所にあったが、今日観るのは近所の教会で、16:00からのゴスペルコンサート。London Community Gospel Choirという団体。子どもも何人か親に連れられて来ており、素晴らしいタイミングでノリノリになったひとりの少年が歌のワンフレーズを響かせたところで、会場は大いに湧いた。微笑ましく、神の恵みに満ちた時間だった。

一度ホテルに戻り、メールマガジンを配信。チェルフィッチュ岡田利規さんの連載が最終回を迎える。

劇団1980『素劇 楢山節考』を観るため、KM嬢と待合せてまたしても徒歩30分歩く劇場(プレカレーテの作品を観に行った場所とは別)へ向かう。地図を見ながら歩いていたところ、ひとりの女性に話しかけられた。

彼女の名前はアレクサンドラと言った。ブカレストに住んでおり、昨年に続いて今年もバカンスを取ってシビウに来たとのことだ。「あさってまでしか居られなくて、そこからはノルウェイに行くの」と嬉しそうに話してくれた。なお、ブカレストからオスロまでは飛行機に2時間半とのこと!

3人でGoogleマップを見ながら劇場へ歩く。野良犬が吠えている。「日本では、犬は『わんわん』って吠えるんだけど、ルーマニアでは?」と訊くと「『ハムハム』っていうのよ」と教えてくれた。可愛い。

知っての通り、深沢七郎による『楢山節考』は姨捨山伝説がもとになっている。原作に忠実に、歌も交えつつ上演された。聞くところによるとヨーロッパ各地でこの作品を上演しているらしい。老婆のおりん役の静謐さが印象に残る。しかし、何点か(いや、もっとか?)気になる点があり、それを以下に書いてみる。

まず『楢山節考』の時代背景がいっさい説明されていない。舞台は「長野」と劇中で明言されていたが、観客たちが「ナガノ」という一地方の名前から、どの程度、寒さや貧しさを想像できたかは分からない。同じように、このような姥捨が実際にあったことなのか(東北の間引き、娘の身売りなどとは別にして)説明がないので、これが現代も続いている風習というふうに思われる可能性がないわけではなかった。日本語上演、英語字幕なので、字幕をかなり追って見ていたが、さすが海外公演を重ねているだけあって洗練されたもので、そこは良かった。

ただ、時代背景の説明と同時に、さっきアレクサンドラと偶然話した「動物の鳴き声」が登場する際の問題を強く感じた。劇中で俳優が、春の場面では鶯の「ホーホケキョ」、夏が過ぎ行くのを表すために「ミーンミーン」から「ツウツクホーシ」、そして「カナカナカナ」という、蝉の種類を鳴き分けていたのである。

これは、私には、わかる。日本で夏を30数回過ごしてきた私には、蝉が初夏、盛夏、晩夏で変わっていくのが、わかる。でも、犬が「ハムハム」と鳴くルーマニアでこれは……? と、考えざるを得なかった。字幕にも、何も表示されなかったので。

おりんが楢山へ行く際、息子におぶわれて「早く行け」という意味で無言のまま、右手を甲の側へ二度振る仕草(つまり「おいでおいで」の逆仕草)をおこなったのは大変美しかった。また、おりんの最期に降り積もる雪は白い布で表されており、まるでヴェールをかぶった聖母マリアのようであったと言ってもいいほどだった。

上演後、アレクサンドラを見つけたので、声をかけてまた一緒に帰ることにした。「『山の神様』っていう言葉が出てきたでしょ。字幕では "God" と書かれていたけれど、あなたたちの神様とは意味が違うの、わかった?」と訊いたら、それは理解できた、と言っていた。「ただ、周りのみんなは拍手していたけれど、so hard story だったから私はとっても手を叩く気にはなれなかった……素晴らしかったけれど!」と言っていて、感受性豊かでとても聡明な女性だとあらためて思った。

『楢山節考』を読んだ方はご存知かもしれないが、小説の中には、命が惜しくて楢山に行きたくないと泣きわめく老人(当時はみっともないとされた)の描写がある。『素劇 楢山節考』では「蟹」の登場する歌が歌われるのみだったが、この「蟹」というのは実は恐ろしい意味で、そうして死にたくないと泣く老人の手足の骨を砕き、それでも這って帰ってこようとする姿を揶揄して「蟹」と言っているのだ。そのことをアレクサンドラに説明したら「crabがそんな恐ろしい意味だったなんて……」と震えていた。これは上演を観ているだけではわからないことなので、「蟹」という言葉に秘められた恐ろしさはもしかしたら上演に組み込んでも良いのかもしれない。

「ところで、さっきから思っていたんだけれど、あなたのワンピース素敵ね!」と、私はアレクサンドラに言った。黒字に白い小花模様のフレアワンピースで、会った時から可愛いと思っていたのだ。「ありがとう、これは今日おろしたてなの!」とにっこり微笑み「でも、この白い花が今はおりんに降り積もった雪に見えるわ。だから今日のことは忘れないわ」と彼女は言った。

緑の瓶、紅の姫(09.06.2018)

疲労の蓄積により、起きたのがAM9:49であった。ボランティアのI氏から受け取るものがあって9:30に待合せしていたのに、すっかり寝坊してしまった。あわててメッセージしたところ、同じホテルに滞在しているKM嬢に手渡してくれたとのこと。ホテルの朝食は10時までなのだが、行けるだろうか? とKM嬢にLINEすると、時間が9:55にもかかわらず「まだ皿に盛ってる人いるんでいけます!」と返事があったため、とりあえず急いでグラウンドフロアの食堂へ。

洋風のビュッフェで、きちんとした朝ごはんである。ベーコン、ハム、ソーセージなど肉の加工食品は言うにあらず、スクランブルエッグに目玉焼き、チーズ、サラダ、パン、シリアル、コーヒー、紅茶各種取り揃えてある。

昨日、空港でとりあえず50ユーロぶんだけレイに両替したので、近くのスーパーマーケットでナチュラルウォーターを2リットル買い、ホテルの冷蔵庫に備蓄する。ついでに、昨日飲んで記憶をなくしたチューハイ、レモンビールも買う。 

11:45に集合して、近くの本屋にて、本日 "One Green Bottle"(邦題:「表に出ろいっ!」)の初日を迎える演出家・野田秀樹氏のプレトークを聞きに行く。以下は、私が聞き取った範囲のメモ。司会者は野田秀樹氏の活動にかなり詳しいようだった。


司会者「"One Green Bottle"というタイトルが美しい。ヒデキ・ノダをreflectしているようだ」

野田「演劇との自分のキャリアの出会いは高校生。学校の演劇クラブに入ってそこは男子校だったので、なかなか男子だけの芝居を探すのが大変で、4、5人の男子の芝居を自分で書き始めたのがきっかけ。作家をやりながら役者をやっているのは当時から続いている。なので、femel boyもナチュラルに書ける。日本には歌舞伎の女形というのがあるように、not unusualなことなんです」

司会者「高校生の時も、女の役を男がやった?」

野田「そのプロダクションではね。アクトレスを男の配役にしたりすると、ミラクルが起きるから。change the gender on stage.」

司会者「iconicだ」

野田「僕はイギリスのテアトルコンプリシテで演劇メソッドを学んだ。kind of miracleなことだった。第二次世界大戦以降、日本のカルチャーは変わった。ナチュラルにウエスタンカントリーの文化を受け入れた。ただ、それが infuluence too muchしてしまったかもしれない。日本人はJapanese traditionalな歌舞伎のようなmany things を忘れてしまった。
ステージでの僕のバランスはactors, author. Japaneseのtoradiottionalな動きを取り入れつつ、ウエスタンなものもミックスしていきたい。能とかもそうだ。能をアレンジして、fantasticなものにもしたいし。
1997頃、日本にはヤングジェネレーションのカルチャーシーンがあって、we had one special style, underground, kind of ... そのアングラさにインスピレーションを受けたんですね。クオリティはそんな高くなかったけど、ウエスタンがtoo muchだったところから、go back to traditional したように思う。それを僕はfunnyだしfineだと思ってる」

司会者「crazyだけどいいと思った?」

野田「幸いにして僕はキャリアスタートのころから多くの観客に恵まれた。70年代の僕の演劇のグループは大きかった。でもそれが有名になるピークだったのかもしれない。そこから僕が本当に欲しいもの、つくりたいものをつくるようになった。moneyのためではなくね。for my life. 70年前に日本がつぶれたところから、劇場が生き延びる方法を考えている」

司会者「いわゆる大御所と、インディペンデントな若い作家を東京芸術劇場では呼んでますよね」

野田「......Yes(ちょっと苦笑)」

司会者「conpromisedっていうことですね。あと10年後、あなたは自分自身のプレッシャーがなくなってからどうしたい?」

野田「今はやりたいことたくさんあるけど、その時その時にやりたいことをやるしかない。10年前は芸劇からオファーされてつくってたけど、今は若い人たちとつながりを持って若い劇場にしていきたい。それはきっとうまくいくだろう。大変だろうし、frastratingだろうけれど」

司会者「芸劇は数年前、若いディクレター(※藤田貴大のことと思われる)が『ロミオとジュリエット』をやりましたよね。エネルギッシュでしたね」

野田「フラストレーションもありましたけど、でも僕が演出じゃないしね。でも、とてもハッピーな出来事でしたよ」

司会者「西洋の俳優のphysicalityと東洋の俳優のmentalityはどう違います?」

野田「日本は「ただやれ。do!」と入ればやります(会場笑)。Why? How? とか言わないよ。西洋はみんな は? 何でこれやるの? って言うでしょ(笑)。think about before acting.」

司会者「
ところで、シェイクスピアとの関連について訊きたい。シェイクスピアを現代化するとはどういうことか? 皆さん、野田さんのシェイクスピア演出作品には、メフィストとか出てくるんですよ。hybridityですね」

野田「謝ります(笑)」

司会者「Too late!(笑)」

野田「シェイクスピアを日本語に訳するのは、とてもとても難しい。伝えたい気持ちがついていかなくて、だからjapaneseのいろんな要素を入れてみるんです。僕が生まれた時から日本は何となくstupidな雰囲気だったし、なんでそうだったかは説明できないんだけど、TVから得られるようなカルチャーにフラストレーションを持ってた。日本のTVは、イヨネスコとか、そういう不条理的なboth sideがあるんですよね。60〜70年代くらいかな。fantasticと言えるかもしれない。
ただ僕の作品はすべてコメディから始まっている。だからそのように寄せていく。だからHappyになってもらえればいいし、コメディにしたいと思ってやっているんだ。make they happy.たとえ悲劇でも。
シェイクスピアの傑作は、語弊を恐れずに言えばteribbleだ。ただ頭から終わりまで悲劇ってことはないので、必ず喜劇にできる要素があるんだ」

司会者「黒澤明はシェイクスピアの影響を受けていましたね。黒澤、蜷川幸雄らのスタンダードに対してあなたはどういったスタンスですか?」

野田「黒澤さんの作品は、僕がつくる演劇とはtotally differentだけど傑作だと思う。蜷川さんは、only tragedy. コメディにすることはほとんどない。でも僕の考えでは、コメディに関しては、僕の方が蜷川さんよりいいと思います……(笑)」

司会者「ちょっと質問を変えよう。男女の性別を入れ替える演出について」

野田「たとえば、日本の漢字と中国の漢字は似ている。traffic が生まれている。どういう意味かというとカルチャーも似ている。クロスオーバーしていく。クロスしたところに新しいカルチャーが生まれる。だから、male, femaleをクロスオーバーさせて新しいカルチャーを生むんです」

司会者「これは今日の作品も楽しみだ!!」

野田「フラストレーションが溜まられるかもですよ(笑)。歌舞伎には大きく影響を受けていますが、僕は歌舞伎の作者にはなれないので、違うものとしてリフォームしています」



"One Green Bottle"まで時間があったのでホテルに戻って少し休む。街はとてもにぎやか。子どもたちの姿がとても多い。

"One Green Bottle"は、幕が歌舞伎風、下手奥に能で言うところの橋掛かりがある。そこから俳優が入場してきて、物語の始まり。とてもオリエンタルでありながら、不条理劇であり、面白くはあったのだが、先ほどのトークにもあった和洋折衷の加減が少し緩やかなのが気になったので、終演後に野田氏にロビーで訊ねてみた。歌舞伎や能の要素が入り乱れていて、境界が曖昧だったのは意図的なことですか? と訊ねると野田氏は丁寧に答えてくださった。いわゆる橋掛かりは能では死者が通ってくるところ。あの場所から俳優が入ってくるということは、観る人が観ればすでにこの登場人物たちは死んでおり、その回想がこの演劇なのだということがわかるだろう。しかし、欧米の観客にその文脈のすべてを伝えるのは難しい。取捨選択、演出の結果だ、と。

同じような思いは、その夜に観たシルヴィウ・プレカレーテの新作 "THE SCARLET PRINCESS"(原作:鶴屋南北の歌舞伎『桜姫東文章』)でも抱くことになる。事前に、衣装監修に携わったという日本の方とお話していたこともあり、劇中で着物が使われないことは知っていた。しかし、結論を一言でいうと「めっちゃ歌舞伎だった」となる。どういう意味かというとあらすじ(http://enmokudb.kabuki.ne.jp/repertoire/1458)は各自で調べてほしいが、プレカレーテなりの原作へのリスペクト、読み込み具合がひしひしと伝わるものであった。そして、桜姫はかなりアグレッシブな人物像へ書き換えられており、強姦されるというよりは自分で盗賊の男を誘うような解釈で描かれていた。普通なら、これだとまったく物語の意味が違ってきてしまう。しかし、これがルーマニア人演出家が歌舞伎を再構築するということであるのだな、と納得させる力があったのは不思議だ。大人数を、広い舞台上の空間で解像度高く稠密に配置し、動かし、時に静止させてきっちり魅せる、というカタルシスがあったことも大きい。

終演は0:45であったため、市街ゆきにチャーターされていたバスで帰る。ホテルの前で煙草を吸っていたが、例の衣装監修に携わっていた方(国立劇場等でいつもお仕事をされている方)と行き会い「……あれ、率直に言っておもしろかったですか? あれは、歌舞伎なんですか?」と至極もっともな質問を受けた。

たとえば私は杉原邦生演出の木ノ下歌舞伎などをよく観ているから、歌舞伎を、その時代、その土地によってどう翻案するかということにあまり抵抗がない。むしろまったくないし、新しい解釈で古典を知ることが好きである。しかし、顔は白塗りで、服はドレスもしくは布をかるく羽織ったようなものを、長年、本当の(というのもおかしいが)「伝統芸能」に携わってきた人がどのように感じるのか、継続して両者をつないでいくべきかもしれないという思いがわいた。とにかく、彼については「あれは立派な歌舞伎の翻案であり、リスペクトが感じられたし、プレカレーテなりの仏教観が示されていて、新しいものだった」と伝えた。

部屋に戻ると1時を過ぎていた。シャワーを浴びて冷蔵庫にあった缶チューハイを1本飲んで、寝る。

2018年6月11日月曜日

疲弊した体にダンス(08.06.2018)

シビウのホテルに到着したのは、夜19:15だった。日本人ボランティアのI氏がチェックインのために私を待っていてくれて、あれこれ説明もしてくれる。フェスティヴァル期間中のチケットの束もここで手渡してもらった。
実はI氏は、到着の遅れた(ブラン城に寄ったからだ)私たちを心配してリーヴの携帯電話に何度かかけてきてくれていたのだが、リーヴが「ルーマニア語か英語で喋ってくれ!」といいつつ「なんか、マキコに話があるらしいよ」と電話を代わってくれたので、無事に時間のすりあわせはできていたというわけなのだった。

到着して荷物を置いた瞬間に、「FLEXN」Peter Sellars & The Flex Communityの開演時間、20時が迫っており、取り急ぎ会場とされているラドゥ・スタンカの劇場へ急いだ。しかし別のボランティアに聞いたところ会場はここじゃないわよ、とのことで大通り1本挟んだ場所へ移動。

Peter Sellars & The Flex Communityのダンスは、ニューヨークのブルックリンから来た人々によるもの。スキンヘッド、ブレイズ、コーンロウという髪型でわかるとおり、ブラックアメリカン(もちろん全員アメリカンかは分からない)のヒップホップ、ソウル、レゲエパフォーマンスを取り入れた創作ダンスだった。

彼らが繰り出すわざ、マイクパフォーマンス、客席を煽ってその様子をスマホに取るパフォーマーたちは、それでも、理不尽な殺しやそれを悲しむ女、というようなストーリー性のある構成を見せ、それがただのストリートダンスではなく、ルーマニアのプロセニアムの劇場でおこなわれる意味に、かろうじて、なっていた。でも使われている音楽がアメリカのポップミュージックで、ヴォーカルがうるさく、そこが良くなかった。
二人ほどとても目を引くダンサーがいて、細い上裸にはタトゥーだらけなのだが、空間を三次元に魅了して埋める力があった。そういうダンサーを見つけられるととても嬉しい。アンコールでは全員スタンディングで踊っていいことになったので、長旅の体の痛みを癒すべく、ヒップホップにあわせてストレッチなどをおこなった。

終演は22時近く。おなかがすいたので、サブウェイに入り、何とかサンドイッチを注文して帰る。10レイほど。
ホテルに戻ると、部屋に蛾が飛んでいた。窓があいていたことに気づかなかった私のミスだった。蛾は怖い。なぜなら羽根を畳まずに目玉むき出しで止まり、ぐるぐる飛び回り、鱗粉を撒き散らすからだ。
疲労困憊していてコンタクトレンズを外してしまったが、あれ、天井にあんな黒い染みあったかな? と思って眼鏡をかけたらやはり蛾であった。高い天井なのでとても手が届かない。考えた結果、トイレットペーパーを丸のまま持ってきて投げつける作戦をとったが、トイレットペーパーがほぼ側に命中してもびくともしない。かわりに、先ほどのサブウェイのビニール袋を振り回したら驚いて飛びたったので、ホテルのドアを開け、部屋の明かりは消し、蛾が出てくるのを待った。
出てこない。こっそり覗くと、先ほどよりやや低い位置に止まっている。これなら、ベッドに椅子を乗せれば倒せるかもしれない。勇気を出してトイレットペーパーを丸め、蛾を捕まえようと試みた。
蛾は飛んだ。声にならない声を上げ、再び私は開けておいた部屋の扉の外へ逃げた。頭の中では、フロントの人か、日本人ボランティアのI氏を呼ぶか、血迷っていた。しかし蛾ごときで……という理性が私を最期の戦いへ向かわせた。
蛾は、ちょうど私の背の届く絵の額縁に止まっていた。ルーマニアで初めての殺生になることを覚悟し、少し祈ってから、目にも見えない素早さで丸めたトイレットペーパーの中に蛾を仕留めた。激闘であった。
睡眠導入剤を飲んでいたが、高揚感から飲みに出かけずにはいられず、スーパーでレモンチューハイ的なものを買って道端で飲んだ。どうやら薬が効いてしまい、そのまま寝てしまったようで優しい通行人が起こしてくれたのでホテルに帰った。強盗されなくてよかった。なにも盗まれていなかった。無いのは、飲みに出かけてからの記憶だけである。レモンチューハイをどこで買ったかすら覚えていない。
長時間のフライト、車移動の疲れが取れず、体中が痛かったので、0時から打ち上げだったオープニングセレモニーの花火は観ずに寝た。せっかく来たなら観た方がいいのだが、あまりに疲れていたから、私はまだシビウに来ていない、来ていないのだから花火を観ることはできない、というロジックを用いて、すやすやと眠りについた。レモンチューハイは、少し残した。

2018年6月10日日曜日

長旅(07.06.2018)

日本の6月7日の昼過ぎ、飛行機はそういえば何時だっけ、と思って確認したら明日ではなく本日の深夜便であったことに気づき、血の気が引くまではいかないまでも、多少絶句した。思い知っていたことだけれど、私は馬鹿なのである。

睡眠導入剤を切らしていたので、それだけは何としてでももらいに行かなければならないため、病院のやっている時間ギリギリにほうほうのていで駆け込む。そんなわけで、荷造りだけは3日前に済ませていたので、ガラガラとカートを引っ張って羽田空港に向かった。はっきり言って、フライトに何時間かかるとかそんなことはあまり調べていなかった。

深夜0時過ぎ、カタール航空、ドーハ行きの飛行機が飛び立つ。私は、離陸する直前の「飛行機が本気出して助走する」瞬間が大好きで、ごぉんとエンジンの音が大きくなるとそれだけでわくわくするし、飛び立ってななめにぐいぐい上昇していく瞬間が大好き。なお、着陸の時の衝撃は「無事についた」という安堵と「まだ何かに衝突して死ぬかも」という気持ちがないまぜになる。

深夜出発なのに、乗って早々に一度目の機内食を食べることになる。魚を選んだ。クリームっぽい白身魚のムニエルで、「魚を食べるのは幾日ぶりかな?」と思った。この前、巻き寿司なら食べたんだけれど。それから少し仮眠して、日本時間でいうところの明け方に二度目の機内食。今度はヨーグルトメインの朝食。

ドーハは暑かった。ラマダン期間中のため公共の場所での飲食・喫煙は控えるようにと機内アナウンスで言われた。ラマダンは年によって時期が変わるが、この暑さで日中飲まず食わずは大変なことであろうと思う。しかし、神を常に感じるためには、身体をもって神に近づくことが必要なのだろう。こちらの都合のよい時だけ神に祈るのでは、だめなのだ。滑走路の奥に見えた摩天楼が立ち並んでいるエリアは、そこだけ異世界みたいで、砂漠の蜃気楼のようだった。だいたいの空港というものは、すり・置き引きの温床であり、警戒が欠かせないが、カタールは石油産業などで裕福な一面を持っていることもあり、海外との窓口である空港の整備にはかなり気をつかっているようで、相当美しく、安全に保たれているように見えた。

1時間ほどでブカレスト行きの飛行機に乗り継ぎ。飛行機までのバスの中で、男性から「日本の方ですか? ルーマニアには何度か行かれてますか?」と話しかけられる。「通貨はどう両替すればいいんですか?」と聞かれたので、羽田でユーロに替えてきたのでルーマニアに着いてから街中ですればよくて、たぶん街のどこでもできますよ、と答える。

ブカレスト行きの飛行機では、日本人の老夫婦がやたら多いのが気になった。映画「ズートピア」を観ていたが、最後の15分観られなかった(到着してしまったため)。ウサギの警察官が最後どうなったか気になるので、帰りの飛行機で観ようと思う。すごく良い映画だった。機内食は選べたが、眠くて朦朧としていたので、パンプディングを選んでしまい、ものすごく甘いパンとカスタードクリームをおなかいっぱい押し込んでしまった。なんせ、次にどこで何を食べられるか分からないのが外国に行くということだ。食べられるうちに食べておいて問題はない。到着して気がついたのは、日本人の老夫婦たちはコンダクターにアテンドされたツアー客だということだった。その集合風景を横目に、バッグのピックアップに急ぐ。

2012年8月に、母校の後輩が大学在学中にブカレストで殺されてしまった事件があり、そのことがずっと胸にあったため、空港についてすぐロザリオを取り出し、天使祝詞(聖母マリアの祈り) を10度唱えた。彼女のために祈ることは、空港についたら必ずしなければと思っていたことであった。彼女が見られなかったルーマニアの風景を、私はこれから見ることになるのだ。

出口では、シビウ国際演劇祭のボランティアである男性、リーヴが待っていてくれた。トルコ人俳優のアシュリーと3人で、ブカレストからシビウまでの5時間(!)の道のりを過ごすことになる。迎えがあるというのは何よりも安心なことだ。特に、先ほどのような祈りを唱えたあとでは。

リーヴは陽気な40歳。アシュリーは陽気な46歳。雅季子は普通の34歳。3人の旅路は相当面白かった。途中でCastelul Bran(カステルル・ブラン:ウラド公が住んでいたドラキュラの城)に連れていってもらう。「本当はまっすぐシビウに行かなきゃいけないけど、僕はイレギュラーなドライバーなんだ!」とリーヴは笑っていた。ドラキュラの城は、見た目の小ささに相反して中がとてもひろく、長い歴史を感じさせた。「ウラド公はとても残虐で、あらゆる拷問を人々におこない、恐れられました」というような説明文が絵とともに書いてあって、ヨーロッパがこういう拷問系をリアルに再現すると本当に怖いからやめてほしいと思った。日本の城でも、当時の農民や兵隊のジオラマが置いてあってやけにリアルに感じて怖いんだけれど、まあそれと似たようなものだろうと思う。しかし、人間の串刺しは怖い。リーヴは「残虐だけれど、これによってトランシルバニア地方は別の国からの侵略をまぬかれたんだ」と言っており、あらためて、隣国が海を介さずに接地しているという事実を思う。

34年間生きてきてよかった。ルーマニアの、トランシルバニア地方に来ることができるなんて思ってもいなかった。17歳の時に高木のぶ子『百年の預言』を読んでルーマニアの革命に憧れて以来、ずっとずっと来たいと思っていた国だったのだ。わたし、20年近くこの国に憧れてきたの、と言うとリーヴは嬉しそうな顔をしていた。

ところでリーヴはとてつもないスピード狂であり、シビウまで急がないといけないとはいえ、めちゃくちゃ車を飛ばすのであった。追い越しまくる。飛ばしまくる。横目でメーターを見ていたけれど、普通の農道で130kmとか出す。「ポリスがいませんように!」などと冗談で言っているけれど、速度は緩めない。「運転でいちばん大事なことはLawじゃない。biggerな車の後ろに付かないことだ!」と言いながら山道のヘアピンカーブでトラックをぐいぐい追い抜いて行く。箱根駅伝のごぼう抜きみたいな感じ。山の神。いや、トランシルバニアのスピード狂。「この道は本当は制限速度が70kmなんだよね」と言いつつ安定の120kmオーバー。っていうか、普通の道の制限速度が70kmってすごくないですか。同じような舗装の、同じような細さの、同じような田舎の道だったら、日本だと制限速度40kmくらいなのに。

車内で、少し政治の話になる。40歳のリーヴは、革命の時(1989年)にはまだ子どもでチャウシェスクのことはそんなに覚えてない、と言っていた。アシュリーから「日本はまだこの人(画像検索して日本のS.A首相を表示)がプライムミニスターなの?」と聞かれたので「そうね、不幸なことにね」と答える。リーヴが「日本はプレジデントじゃなくてエンペラーがいるんだろう?」と言うので「でも政治的な力はなくて、シンボリックな存在なのよ」と説明する。ちなみに私はEmpressが綺麗な人だから好きよ、と個人的見解を述べた。

リーヴは過ぎ行く街の名前の看板を見ながら「ここはロシア風の街」「ここは家がドイツ風」「あっちの湖の街はモルドバっぽい」といろいろ教えてくれる。ここでも、あらゆる国家が隣接している大陸について考える。前を走るトラックも、ルーマニア国籍だったりイタリア国籍だったり、あらゆる国々が入り交じっている。ルーマニアがユーロに加盟したのは2007年だが、いまだに貨幣はユーロではなくレイ(来年導入予定らしい)であり、欧州という場所の複雑さ(アジアとはまた別の)について、考えていたはずなんだけれど、あまりにリーヴが車を飛ばすので車酔いしそうになり、思索を深める前にこうして頭の中にメモするに留めた。

そんなわけで100kmオーバーで車を追い越しまくり、無事にシビウに到着。不思議に落ち着く街だ。時差が6時間あるし、フライトは長すぎて時間がよくわからないし、ドライブも途中でブラン城に寄り道したから結局何時間移動していたのかわからなかった。

でも、いつだって新しい場所に移動するのは楽しいものだ。

2017年9月12日火曜日

東京バレエ団『20世紀の傑作バレエ』

2017/9/8(金)
明日のチケットを取っていたが、先生とメールしていたところ「私は今、文化会館に向かっています」と返ってきて、えっ、いいな! やっぱり行っちゃおうかな、当日券……と思いながらぼやぼやしていたら、17:30からの当日券発売時間になってもまだ家にいるという状態で、何だかんだまだぼやぼやしていて、19:00開演だというのに、上野駅に着いたのは18:58だった。最短ルートで文化会館に駆込み、入口の当日券売り場でA席を衝動買い。1時間近くかけて上野までやってきて衝動買いも何もないが、とにかく1階席の下手側を確保した。パンフレットは明日買えばいい、すぐに休憩があるのはわかってるから大丈夫、配役表だけとりあえず奪い取るようにもらって、ホールに飛び込んだ。


▼イリ・キリアン振付『小さな死』(原題:Petite Mort)
東京バレエ団初演のこの演目。
本日のファーストキャストでは、岡崎隼也、川島麻実子と柄本弾、崔美実とブラウリオ・アルバレス、秋本康臣が印象深かった。冒頭で男たちがかざす剣が、ヒュッと空を切る音が耳に残る中、モーツァルトの二つのピアノ協奏曲(第23番、第21番)で男女が一組ずつ踊り始める。
タイトルが示唆するとおり性的でもあるけれど、清らかさもあって、まだ残りの2演目観てないけど私はこれがいちばん好きだな、と最初に直感した。ありふれた言葉で申し訳ないけれど「エロス」と「タナトス」、このふたつの言葉に集約できると思う。でもバレエダンサーという人々はとてもストイックだし、バレエというのはバランスの芸術だから、そしてセックスというものはバランスを崩して乱れてこそ溺れられるものだから、どちらかというとやはりタナトスが勝る。


▼ローラン・プティ振付『アルルの女』
こちらも東バ初演。ビゼーの艶やかなファランドールが響く中、フレデリ(ロベルト・ボッレ)、ヴィヴェット(上野水香)、男たちと女たちの群舞は牧歌的にも見える。しかしだんだん不穏な空気が漂ってきて、フレデリとヴィヴェットがすれ違う様子、村人の男のひとりがフレデリに何かを耳打ちした様子(もちろん、アルルの女が他の男と駆け落ちする、という話だろう)など、舞台は破裂しそうな緊張感に満ちていく。
装置デザインのルネ・アリオはゴッホの絵画『刈り入れをする人のいる麦畑』(どうでもいいが今変換する時に「刈り入れ」が「借り入れ」と表示されたのは悲しかった)に着想を得て、背景幕をつくったらしい。ダンサーの上空にある大きな板が、農村ののどかさと、閉塞感の両方をあらわしていて秀逸だった。
窓枠からフレデリが飛び降りる……というよりは飛び込む、一瞬の幕切れのカタルシスがとてつもない。


▼モーリス・ベジャール振付『春の祭典』
秋だけど春の祭典が上演されるのであった。
この作品は、「男と女」や「雄と雌」という概念を超越して最終的には「人類」とか「いのち」に見えるのがいちばん良いところだと思う。私自身が今、女としての自分が結構どうでもよくなっているため、それに救われるのだろう……と真剣に考えていたのに、隣のおばさん二人が、幕が開くなり「蛙の群れみたい」とかなり聞こえる感じの声で言い出して、いや確かにどう観ても蛙の大群ですけどそういうことは口には出さないでほしかった。
男性の生贄は岸本秀雄で、優美ながらも覚悟を決めて舞台中央に向かう姿に胸打たれた。リーダーと若い男(ブラウリオ・アルバレス、和田康佑、岡崎隼也、杉山優一)の中では岡崎隼也がいちばん残酷だった。
女性の生贄は奈良春夏。6月の『ラ・バヤデール』でガムザッティを演じたのを観たのを思い出しながら見とれる。でも、強烈な個性とインパクトのようなものが彼女には、ちょっと足りないかなと思う。
男性群が曲線的、女性群が直線的、つまり一般的な男女の身体の造形のあり方と逆の振付がなされており、それが性的にいやらしく見えないどころか、崇高にさえ感じられる秘密だろうと思う。



2017/9/9(土)
セカンドキャストの日。24時間も経たずに同じ演目を観る自分。しかもセンターブロック3列目という良い席を確保していた。なぜなら明日は私の誕生日だから、贅沢をしたのだ。


▼イリ・キリアン振付『小さな死』(原題:Petite Mort)
冒頭、男たちが剣を頭上に掲げて後ろ向きに歩いてくる。前を向いて、剣を足下に置き、足を使ってぐるりと捌く。剣がうまく回せているか、足下に目線を落とすダンサーがいる中で、安楽葵だけが(たぶん。でも記憶に鮮烈に残ってるから、たぶんそうだ)前方を見つめたままこなしていて、しかも彼は東バのダンサーにしては上半身下半身ともにかなり強そうな筋肉(全体的に日本のバレエ男子は細身過ぎる気がしている)で、ものすごく惹き付けられた。冒頭の印象が鮮烈で、榊優美枝とのペアで踊るところはぼうっとしてよく覚えていない。吉川瑠衣と宮川新大ペアの美しさに息をのむ。ちなみに宮川新大は日本一美脚な男性バレエダンサーである(私個人の認定)。あと、岸本夏未ってとても洗練された外見だな、と気づいた。
隣に座っていた若い女性ふたりが「この人しかわかんなかった」と言って、配役表のブラウリオ・アルバレスの名前を指差していた。おい、きみたちはブラウリオしかわからないのになぜこんないい席で観ているのか、訊ねたくなったが黙っていた。


▼ローラン・プティ振付『アルルの女』
今日はフレデリが柄本弾、ヴィヴェットが川島麻実子。ヴィヴェットのむくわれなさ、健気さは川島麻実子の方が見応えあると思って、今日のチケットにしたのだった。柄本弾は、不幸にも(これは幸福にも、と同じ意味である)イケメンすぎに生まれたせいでいつも表情に頼って踊ってる傾向がある、うまく言えないけどミュージカル俳優みたいな時がある、と思っていたのだけれど、このフレデリのキャラクターではその表情の豊かさが存分に良い方向に発揮された。幻のアルルの女に魅入られるフレデリの狂気は、これくらい顔で演じないと伝わってこないのだ。なぜならアルルの女は登場しないからだ。演劇など、ほかのパフォーミングアーツでもしばしば「舞台に登場しない人物」「台詞のみで語られる人物」が鍵を握ることがあるが、言葉を用いないバレエにおいて本作の柄本の表情はとても雄弁だった。
女性たちの中では、個人的に注目している秋山瑛(あきやま・あきら)、足立真里亜がやはりきらめきを放っていた。
思ったとおり、川島麻実子の薄幸さは際立っていて、バレエ界の薄幸美人ぶりで言えば川島麻実子の右に出る者はもはや川島麻実子である。


▼モーリス・ベジャール振付『春の祭典』
今日の生贄は入戸野伊織(にっとの・いおり) 。儚げな雰囲気を持つ彼が、生贄に決まった時の、よろよろと絶望して歩く悲壮感に、ぞっとした。昨日よりずっと、リーダーと若い男(ブラウリオ・アルバレス、和田康佑、高橋慈生、樋口祐輝)の4人のサディスティックさが恐ろしく見えた。特にブラウリオは今まで、とっても協調性のある(それゆえ逸脱しない)ダンサーだなと思っていたけれど、とにかくこの作品、男性パートの生贄の決め方がエグくて、入戸野に決まった瞬間、びしーっと指差すブラウリオがマジで怖すぎた。
女性の生贄、今日は伝田陽美だったけど明日の10日は渡辺理恵か……さぞかし良いだろうな……と個人的な未練を残してフィナーレ。集中しすぎたため、あまり批評言語化できない。
もし何も知らない人にベジャール作品を説明するとしたら「最後の一瞬を見逃しちゃ絶対ダメだから油断せず集中して」とアドバイスを送りたい。間違ってないと思う。


そういえば、今回は前衛的な演目のためか、いつもより、というか全然、親子連れがいなかった。子どもの時にこそベジャールとか観て人生踏み外したらいいのに。