2022年1月31日月曜日

2014年7月10日

 この時間の電車には、帰り道の高校生がたくさんいて、絶え間なくしゃべっている。時々、部活の先輩を見つけては挨拶したりしている子もいる。「子」もいる、などと今書いたが、高校生たちを「子」と感じるようになったのはいつからだろう。

私の母校では、うるさくするとすぐバスの乗客から学校に電話があるので(とてつもなく目立つ制服なのだ)しょっちゅうバスの中での沈黙キャンペーンみたいのがあった。正直、うっとうしいとしか思わなかった。私はバスの中では静かにしているつもりだったし、大勢で帰る(=そういう友だちがたくさんいるタイプの)子どもでもなかった。でも今はわかる。子どもとは、そこにいるだけである種のむせかえるような音波を発している。それは弱った大人にはてきめんに響く。
高校生のころはあんなに喋ることがあったはずなのに、今は家でもどこでもほとんど黙っていて、話すことがあんまりない。今は日ノ出町のカフェでひとりぼやっとしていて、隣の席の小学生が親に「あたし幼稚園のころとは違うんだから!」と力説するのを聴いている。少女よ、君の何倍年を取ろうとも、私はあのころとは違うって、思い続けて人は生きていくみたいだよ。

2021年9月12日日曜日

情景とストーリー(2021.08.29)

青木さんはなぜ今、車の免許を取ろうとしているのだろうと思う。機会を逸し続けて今決意したのか、何らか必要に迫られているのか。ともかく青木さんは学科教習のあと(おそらく食事の時間を挟んで)第一回目のリハーサルとなるスタジオにやってきた。マーチに向けた資料、音源を放り込むGoogleドライブもでき、私はそれらをのぞき込みながら創作の準備段階のスープのようなものの匂いをかいでいる。

青木さんと宮永氏は先日おこなわれていたフジロックフェスティバルの配信について盛り上がっていた。「三日三晩YouTubeを付けっぱなしにしていた」と熱く語る青木さんの言葉を、後日友だちのフジロック愛好家に話したところ「や、フジロッカーみんなそんなもんやったよ」と返ってきたのでやはりそういう熱量が音楽人にはあるのだと思う。私自身はオリンピックも世界バレエフェスティバルも、なぜ能天気に楽しめる人がいるのかわからなくなっていて、というか楽しんでいいのか、どう振る舞っていいのかまったくわからずに、この時期は硬直していた。前述のフジロック愛好家は「わかる。配慮しきった人が軒並み今崩れてんねや。年末年始もゴールデンウイークもオリンピックのときも、ずっとずっと黙っとったアーティストが、フジロック開催で崩れたのをわたしは見た」と言っていて、その会話を交わしたはこのリハの日よりあとのことだったから、つまり8月29日時点では私はまだもやもやを抱えていて、でも青木さんと宮永氏がフェスティバルを楽しんだ様子を知ることができて、ひとりだけの霧が少し晴れた。東京パラリンピック開会式も同月24日におこなわれていて、ウォーリー木下さんとか蓮沼執太さんとか、見知った顔が並んでいたので少しリラックスしてそれについて宮永氏と話すこともできた。

さて練習である。今泉仁誠さんのつくった合唱曲「オリーブ」を歌うことになっているので、パートに分かれて音程を取ってみる。女子高だったころの音楽の授業しか経験のない私には、混声合唱が初めてだ。パウンチホイールは高校の合唱部が母体になっているバンドなので合唱には強い。「オリーブ」の伴奏ピアノは和音とアルペジオの組合せが浜に寄せる波を思わせる。

私は、坂手に住むある夫婦のことを歌にしたいと申し出て快諾してもらったのでそれを練ることにして、そのあとは街の紹介ラップづくりのためにホワイトボードに案を出しあう若人たちを見ていた。今夏のみなとまつりを訪れたこゆっきー主導で、島の新鮮な印象が次々語られるのがまぶしかった。

まだ上演の全貌は固まらず、ストックの曲やレパートリーをさらったりもする。神戸港と坂手港を結ぶフェリーの中で流れる「二人を結ぶジャンボフェリー」を初めて聞いたときはなかなか衝撃を受けたものだったと思い返す。海で隔てられた遠距離恋愛を描いた歌謡曲だが、瀬戸内海の穏やかな雰囲気と相まって知らないうちに忘れがたいものとなってしまう名曲である。しばらくは歌が流れ始めるとすぐに下船準備をしたものだったが、慣れてからは、早く列に並んでもしょうがないし、港に船を舫うまでには時間があるからワンコーラスほどは聞き流すようになった。私は夜行便で早朝に坂手に着くスケジュールが多いから、この歌を聞くと否が応でも目を覚まさねばという気になる。

ちょうど10年前、『わが星』を成功させて『朝がある』を生み出す手前だった、ままごと主宰の柴幸男にインタビューしたことがある。同人誌向けのインタビューで今は私の手元にしかない冊子だがそこで彼はこう語っている。「やっぱり死ぬこと、生まれることのどっちかだったら感動する。両方体験したことある人いないんで。だからちょっとでも動くと、感傷に引き寄せられちゃうんですね。いて、いなくなると人は"いなくなった"ことに感動できるんですよ。」その言葉は折に触れて思い出している。訪れる。また離れる。別れがもたらす時間の有限性に感動する。でも島には、そこで生まれて生きて死ぬ人がいる。その何にも起こらない様子を、私は書き留めたい。一瞬のきらめきを、肌寒さを、通り雨を閉じ込めて、時間が流れなくても感動したい、のかもしれない。

始動(2021.8.15)

9日にグループラインが早くも整備されてしばらく経っていたが、今日、まとめ係を担当することになったほんなつから全員向けにやりたいことを募るメッセージが来た。26歳を昨日迎えた、とメッセージの余白に書いてあってそれで私も自分の26歳のころのことを思い出してみた。しかし12年前の自分はシステムエンジニアの業務に追われすぎて、いったん体内ミトコンドリアが崩壊するがごとく演劇創作から遠くなり、ようやっとフィクションの文章や人に読ませる観劇記録を細々書く覚悟を決めたというかその業から一生逃れられぬことに悠長に絶望していた頃だったので、めぐまれた早熟の才というものは見ていてとてもすがすがしい心地がする。

青木さんは、2014年に小豆島・坂手で上演されたおさんぽ演劇『やねにねこ』の余韻を今も胸に熱く持っていて、その主題歌を作りたいと言っていた。初期衝動をそのかたちのまま持ち続けるのは青木さんの素晴らしい美徳である。たいていは時の風に吹かれてさらさらなくなったり、自我が邪魔をして姿を変えたりしてしまうものだから。

それで18日の夜、zoomで顔合わせをすることになった。「夕飯を食べてから20時スタート」という青木さんの言葉で、青木さんは食事をとても大事にしているんだなあと思う。この言い回しはあとあとも使われ、前述の仮説を補強していくことになる。そういえば4月に下北沢のスタジオでメンバーとライブのリハをしたときも、青木さんはよくラーメン屋に寄ってから来ていた。私は、食と命に頓着がないので平気で「ゼリーだけ」というカブトムシみたいな食事とか、「フライドポテトだけ」という家畜豚みたいな食事をしてしまう。生きることを大切にしたいと青木さんにはよく思わされる。

打合せにはこゆっきー(パウンチホイール)を除くメンバーが参加し、9月末に島に滞在する予定を確認したり、宿泊場所の手配などを検討したりした。既存の曲と、あらたに作りたい曲のアイデアを自由に出して、とにかく幅を広げる。宮永氏から「島で生まれ育った人と一曲作りたい」という言葉が出て、それは島の外から来て一過性の音楽を奏でて楽しい時間をつくるだけのことではないから、とても良いだろうと思った。

演劇は楽しい。音楽も楽しい。あまりにその作用が強く、あとに訪れる悲しみを忘れてしまうほどに楽しい。日常に光を当て、つかのま輝くのが嬉しくて、光の消えたあとのことまでなかなか形に残せない。私たちは旅人だ。自分たちが去ったあとにもそこで暮らす人たちに、敬意を持っていることをずっと忘れないでいてもらえる、そんな曲をつくりたい。とにかくそれだけを強く思った。あなたたちの暮らしのにぎやかしではない、どうせ自分たちのことを忘れると思われたくない、それを示した上で忘れたり忘れなかったり、変わったり変わらなかったりしたい、そういう恩返しを、したい。

その後グループラインで調整が進み、8月29日に下北沢のスタジオで一度試しにリハーサルしてみることになった。いずれも手練れの音楽家たちだ。集まれば音が生まれるだろう。

あなたもマーチに(2021.8.9)

ほんなつと映画に行った。彼女の誕生日が近かったのでアイシングクッキーをいくつかデパートの地下で買って、待ち合せの場所で待っていた。映画は中国の古い伝承をモチーフにしたもので、主演声優も主題歌もとてもよかったし、私もほんなつも満足してパンフレットを買って映画館を出た。

そのあと近くのモスバーガーで、軽い食事をした。店には映画の主題歌をうたっていたグループメンバーの等身大パネルがあって、夏のスパイシーバーガーを華麗に宣伝していた。ほほえむことなく、唇の端を引き結んだ表情で夏を熱く彩ることのできる男に私はあこがれる。

ハンバーガーを食べ終えたところで、実は小豆島に行く計画があって、とほんなつが話を切り出した。小豆島で、街にまつわる演劇と音楽のライブをする予定だという。マーチというタイトルで、彼女の所属するバンドであるところのパウンチホイールがこれまで下北沢でおこなってきたシリーズになる。2015年から断続的におこなわれていて、2017年11月24日以来、4年ぶりに創作することになったらしい。昨年から続く世界的な混乱情勢の影響で資金あれこれの都合がつき、初めて下北沢を飛び出してマーチをするのだが、わたしは小豆島に行ったことがないのです、と言うほんなつの話を聞き終わらないうちに同行やら共作やらすべてを含めて承諾していた。詳しくはいずれ書くが、ほんなつにも島にも恩がある。

パウンチホイールメンバーの青木拓磨さんと小豆島の縁は深い。2014年の「港の劇場」での音楽活動をわたしは観ていたし、その母体となった劇団ままごとの活動にその後青木さんが携わる場、たとえば横浜の象の鼻テラスにもよく居合わせた。歌う人、奏でる人のことは、演じる人のことを眺めるよりもっと遠くから、畏敬の念をもって見つめてきた。そんな彼らと私の言葉が、重なる日が来ようとは。5年前の夏に過ごした時間で得た劇団ままごとへの深い感謝はもはや私の血肉となり、それがかつて自分から切り離された恩義だったことさえもう区別がつかないほどになっている。今なら、青木さんがままごとを通して感じ取った演劇と音楽の交差する可能性を、私もすこしは理解でき、力になれるような気がする。そう思ったし、自分も島には行きたいし、ほんなつに見せたい景色はたくさんあるし、それですぐに承知したのだった。

ほんなつからはその夜「クッキーおいしかったです!」と連絡が来た。もらったクッキーをすぐに食す、彼女のそうした素直さが好ましい。もうすぐひとつ大人になる彼女の一年に、幸多からんことを。

2020年12月11日金曜日

▼カテゴリについて

日常の記録のほかに、旅をした時は特別に記録をつけています。以下、カテゴリ別に説明を記載。

2018シビウ国際演劇祭日記
初めて単独で批評家として招聘していただいた、ルーマニアのフェスティバル滞在記。だいぶ文体が変わっているのが自分でも分かります。

2016デュッセルドルフ滞在記
FFT Düsseldorf NIPPON PERFORMACE NIGHTに招聘され、ドラマトゥルクとして会期終わりにドイツを訪ねた時の記録。この2か月前から藤原ちからはひとりでリサーチを繰り返し、本を製作していたので、私のこの日記は、彼が仕事を終えたあとのもので、彼の苦労や孤独を汲み取ることがうまくできていなくて申し訳ないです。フェスティバルの様子やデュッセルドルフの街のこと、毎日のたべものなどの備忘録と思ってお読み下さい。

小豆島滞在記
瀬戸内国際芸術祭2016年夏会期に、劇団ままごとに帯同して「喫茶ままごと」の店員をしていた時の記録。劇団員の話はときどき出てきますが、坂手港の人々との交流が中心となっています。文中の固有名詞はあえて統一していないので、最初に出てきたあの人が、次はそれとわからない形で再登場していたりもします。


城崎再訪記
2016年7月に、ふたたび城崎国際アートセンターに滞在した時の記録。『演劇クエスト』改訂を目的に滞在しました。昨年出会った人々との関係がより成熟し、「ただいま」「おかえり」と言えるようになってからの日常です。


城崎日記
2015年8月に、『演劇クエスト』制作のために城崎国際アートセンターに滞在した時の記録。はじめて訪れた但馬で、だんだん人々との交流が深まっていく様子を書いています。

批評家ワークショップレポート
2015年春に世田谷パブリックシアターでおこなった批評ワークショップの記録です。7日間、すべて違う文体で記録するというミッションを自分に課していました。

2012年北京日記
2012年6月に、まだ会社員だったころ、北京に出張した時にノートにつけていた日記メモを転記したもの。食べたものの話や、現地法人の中国人社員さんとの会話などの記録。天安門事件が起きた記念の日に北京に居合わせたことは、忘れがたいことです。


2012北京再訪日記
同年9月に北京にふたたび出張した時の記録。この年は、反日デモが大変に盛り上がって、危険ではないかと言われつつも、ひとりで現地に送り込まれたのでした。

2015-04-07 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(7日目)

 世田谷パブリックシアターの会議室。七日間にわたった批評課の最終日、わたしは、偶然残っていた中学生演劇部古参のミス・カチューシャ、中学二年生ながら華麗なファッションでみんなを魅了するミスター・ジャケット、ワークショップ内で行ったインタビューでその才能を開花させたミス・インタビューの三人に話を聴くことにした。



柏木陽 さて……俺がいない方が好きなこと言えるだろ?(部屋を出て行く)


藤原ちから じゃ僕も……あばよ。またどこかでね〜。


ミス・インタビュー あ、あの……! どっかで会ったら、こんにちはって言っていいんですか?


藤原 え……? もちろん。


イ 「仕事モードの時は話しかけるな!」とか言われんのかなと思って……。


藤原 なんでよ(笑)。大丈夫だよ、道ばたでも劇場でも。じゃあね〜。


 藤原、去る。

 部屋には中学生三人と、落だけになる。


― じゃあ始めます。まず、どうして世田谷パブリックシアターのワークショップを知ったの?


イ 演劇のワークショップやってみたいなと思ってネットで探したんだけど、今まで都合が合わなくって、やっとこないだの冬、第三期に来れたーっていう感じです。だからこれが二回目。


ミス・カチューシャ んっとねー、わたしは、最初は演劇やりたくて、劇団探して! 事務所探して! っていう勢いだったんだけど、お母さんがここのワークショップ見つけてきて、いいんじゃない? 最初はこういうところからスタートしてみれば? みたいな感じになって、行ったらハマっちゃった♪ みたいな(笑)。


ミスター・ジャケット 僕は、急に演劇がやりたくなった、というか……。


― え、すごい。どうして?!


ジ わかんないんですけど……そういうのないかなって急に調べ始めて、家の近くに劇団があって、そこに行こうと思ったんですけど、いい感じに毎週予定が入ってて、そこはあきらめ……。で、いろいろ調べて行くうちにここに辿り着いて、一番近い時期のワークショプが冬の第三期で。だからミス・インタビューと同じタイミングで始めました。




▼わかること・わかんないこと1

― 今回はタイトルに「演劇部 批評課」って付いてたじゃん。「批評のワークショップ」ってやってみてどうだった?


カ 正直、いつもだったら「戯曲からやってみよう」とか「登場人物つくろう」とかそういう系で、わたしは演じるのが好きだから、「批評」って違くない? って思ったけど、まあおっさん(=柏木陽のニックネーム)の名前書いてあるし、これは絶対なんかつくるなーと思って、いいなーって思って来た(笑)。てか、おっさんの名前じゃなくても来たと思うけど、来た♥︎


イ え……あ、あの、何かすごい、失礼なんですけど……批評家ってちょっと正直うさんくさいなとか思って……。だってその、ごはん食べていけるのかなとか思って……何してるのかなとかよくわかんなくて。うさんくさいならうさんくさいなりにちょっと見てみようかなと思って……す、すいません……。


― それおもしろーい! おもしろーい! 実際会ってもよくわかんなかったでしょ?(笑)


イ あんなことしてて、生きていかれるの……?(みんな笑う)今さんざん親から将来のこと、進路決めなさい、とか資格を取れるような仕事につきなさい、とか言われてる中でこういうオトナを見ると「え、ええー……?!」ってなるのはちょっとあります。


ジ そうですね……僕は、「批評って何だろう?」っていうところから始まって、チラシの演劇部批評課っていう文字を見た時に、「批評」より「演劇」に目が行って……。正直、今現在あんまり、パッとはしてないんですけど……でも批評っていうものがわかってなくても、自然とやってたんじゃないかなって。劇つくったりする中に、自分では意識してなくても批評っていう要素があったんじゃないかと。


― 「パッとしない」っていうのは「批評」って何だかよくわかんないってこと?


ジ そうですね。


イ やだー、話が難しいよー(笑)


カ やーなんかー、ていうかー、このワークショップ全部わかんないから、もう、普通(笑)。


― 普通?!


カ なんかね、人生で初めてやったワークショップがトバズニハ(伊藤キムにより結成された中高生パフォーマンスグループ)だったの。で、キムさんの時点でわけわかんないし、中学生演劇部来ててもいつもわけわかんないし、で、今までもいろいろやったけど、全部わけわかんないし、でもわけわかんないの好きだから、この批評課もわけわかんなくて、たのしい(笑)。だからね、もうわけわかんないの当たり前? で、わかると逆に「あ、わかっちゃった」みたいになるから。わかったことないけどねっ(笑)


― でもさ、わけわかんないのと、内容が難しくて理解できないのとはちょっと違うじゃん。今回はどっちだった?


カ 何ていうか、「批評って何?」って訊かれて、「ちからさんは『愛と距離』みたいなこと言ってたよーん」ってことは言えるけど「えー?しらなーい」みたいな?「でも楽しいよー!」みたいな感じ?(笑)


ジ 実際楽しかったんですよ。


カ そ、楽しいもん。


― パッとしなかったけど楽しかった?


ジ 楽しかったです。


カ だってパッとしないのはいつもそうだから!


― (笑)


イ でもすごい自由にやらせてもらった気がする。おっさんとかちからさんは、質問を投げかけても、「こうした方がいいよね?」みたいな裏のニュアンスを含んでない。「こういうのもあるし、他の案もあるよね。どっちがいい? どうする?」って言ってくれるから。さっきおっさんが演劇にもいろいろあるって言ってたけど、すごくいいところのワークショップに来てたんだなって思った。




▼演じて応答するということ

― 今日、『地域の物語』という公演をつくった人たちの前で、別の作品をつくって演じて返すってことをしたじゃない? そもそもそういう応答の仕方って例がないと思うんだけど、みんなも初めて?


カ そうだね、初めてかな。


― 緊張した?


カ いやあ……。


イ え、めっちゃ(してたじゃん)。


カ 違う違う、緊張するのはいつでもそうなの! 始まる直前にウーッてなるんだけど、それは相手に返すからとかじゃなくて! だって、返すけど、もううちらの作品になってるから、それを見せるだけだから、あんまり緊張しなかったけど……。正直言うと、(『地域の物語』出演者の)ヨウコさんとかシラさんとかにインタビューした話をやった(作品内に取り入れた)じゃん。それが、ちょっと……まあ別にいいと思うけど、違うふうに受け取っちゃってたら、ちょっと……どうなんだろう、って……ヨウコさんとかシラさんの反応見ちゃった。


イ わたしも〜。めっちゃ顔見た〜。


カ だからそれはあるけど、でもそんな特別! みたいのはなかった。


 世田谷パブリックシアター学芸スタッフの“にらだい”がお菓子を持って来る。にこにこして、邪魔しないように去って行く。


カ あ、マッカデミア〜♪ 開けてい?


― そっか。でもその後皆さんからその場で感想もらったじゃん。それはどう思った?


カ (マカデミアチョコを食べながら)ほっとした。「あたしこんなこと言ってないけど」とか「そういうつもりじゃないんだけど」じゃなくて、ちゃんと見てくれてるなって。よかった。


ジ 発表のあと、みんなちゃんとコメントくれたのがすごいうれしかった。


― そうだね。相互的な感じがすごくしたよね。




▼中学生から見た「批評」

― 演劇を演劇部でやるっていうと、みんな出るつもりで来てるんだよね? だけど今回は『地域の物語』の感想文書いたり、出演してた人にインタビューしたり、いろんな演劇との関わり方を体験できたと思うんだけど、面白かった?


カ やっぱり文章は苦手だなって思った、ヒヒ(笑)。だから、ちからさんとかおちまき(落雅季子)さんとかすごいなって思って。ある人の話を演劇にしてください、って言われたら出来るけど、感想書いてくださいって言われたら無理だ、ウェーッてなった。


イ 最初は演じる方が面白いなーと思ってたけど、文章書いて組み立てたりとか、ここはもうちょっとこうしたほうが……とか考えるのもすごい面白いなーと思って。わたし、文章書くのそんなに嫌いじゃないんですけど、でも書いてるとこう、型にはまる感じがしてきて……でも今回いろいろやって、もうちょっと違う形もあるのかなとは思いました。


ジ やり始めたら書けるんですけど、自分からやろうとはあんまり思わなかった。でも自主的に書こうっていう気持ちを、強引ではあるんですけど、引き出してもらって、また新しい見方というか演劇の感じ方があるんだなって思ったりしました。


― あたしも中高大学と演劇をやってたんだけど、卒業して会社員やって紆余曲折経て、今は劇評を書くということがいちばん自分にしっくり来てるのね。結構回り道してるというか、だから演劇とのいろんな関わり方があることを伝えられたらそれだけでよかったかなって思うんだよねえ……。でも「批評課」って付いてるから何か書かされるんだろうなっていう予感はあったでしょ?


カ なかった(即答)。


― なかった?!


カ だって、だってさあ! あれだよ?! チラシに「柏木陽」って書いてあったから!(笑)まあちからさんの名前もあったけど……ちからさんに最初に会ったのはキャロマグの座談会(vol.6の中学生演劇部特集)の時だったんだけど、そん時のちからさんの印象はね、「おもしろい人」(笑)。


イ マスクちゃん(ワークショップ参加者のひとり)がやくみつるに似てるって言ってた(笑)。


カ・ジ (爆笑)


カ 座談会の時はただ話しただけだから、文章のイメージがなくて。何かねえ、そこまで「えっ、書くの?!」とはなんなかったけど、「ま、批評だし、やるのか……やんのか」みたいになった。でも全然ホントに、書くと思ってなかった。


ジ 僕は若干覚悟はしてた(笑)。


イ あたしは書くかなーとは思ってたけど、そこまで嫌いじゃないから、ここでいいの書けば褒められるかなあ〜うふふ〜、みたいのはちょっとあった(笑)


― 実際批評家であるちからさんって、どんな感じに見えた?


カ すごい優しい人!


イ え〜! 絶対に裏では、フフ……みたいなとこある!


カ でもさ、おっさん(=柏木陽)はさ、優しいけど怖いっていうか、ヘンでしょ! にらだいもお菓子買って来てくれたりして優しいけどヘンじゃん。で、最初に会った(伊藤)キムさんも相当ヘンだったから、ちからさんに会って「お、ちゃんとした人だ〜普通の人だ〜」と思って(笑)でもねえ、ちょっとねえ、何かねえ、隠してるとこはありそう!


イ だって普通の人だったらこんなとこ居られなくない?


カ うん。そうだね。


― こんなとこって……?


イ 批評とか演劇の世界。


カ あとおっさんとも話が合ってるしね。


イ おっさんと普通に話せる時点できっとヘンだよ。


ジ ちからくんって、よくわかんないけど、おもしろいんですよね……なんか会いに行きたいっていうか、話を聴きたい……よくわかんないけど、また批評課をやるなら聴いてみたい。


― 話長いけどいいの?(笑)。二日くらい前にすごい批評家モードになってベラベラ喋った日あったじゃない。終わってから振り返りの時間にもすっごい喋ってたから、あれ。


ジ (爆笑)


カ 部屋の外まですごい聴こえてた!


ジ 突っ込めばすごい話を聴いてくれそうな人だなって思う。


― いつかお酒とか飲んだらいいんじゃないかな。もう、すごい飲むよ……。


ジ 飲みそう〜(笑)。


 にらだいが突然現れ「ちからさんたちどこ行った?」と言いながらじゃがりこを自然につまみ、一本食べて風のように去る。


イ あ、食べてった。


カ やっぱヘンな人だよ〜。食べ方もヘンだよ〜、ウケる〜。


イ あたしも食べよ〜。


― いつもの演劇部と今回の批評課では何か違うなってことはあった?


カ え、何かね、動かない。


イ あー、お尻が痛くなったね。


カ あと宿題? これまでもある時はあったんだけど、何か今回はちゃんと形にしてくる宿題だった。いつもは「考えといて〜」とか、そういう感じのノリで、文章でちゃんと提出して読む! みたいのはなかったから、ちょっと「ウヒ?」ってなった。


― 期限も厳しかったよね。


カ 次の日だもん(笑)。


イ 眠いし(笑)。私、朝書いたりしてた。


カ 私も朝書くこと多かった。前日の帰り際にだいたい文章考えてて、家帰って書くの忘れて、寝て起きると、その当日より客観的に思えるからちょっと直して、みたいな。


― それって演劇の台詞とか振りを考えて来てっていうのと一緒な感じ?


カ 文章にするのはね……なんか違った。なんかね、いつも演劇やる時のイメージは……「わちゃわちゃわちゃわちゃ〜♪うひょひょひょひょ〜♪」だけど、今回は「うひょひょひょひょ〜♪」の前に、ちょっとキチッとした感じがあって、「うひょ? キチッ! うひょひょひょ〜♪」みたいな感じ。で最後は「うひゃー!」みたいな感じだった。


― その「うひゃー!」は発表のこと?(笑)


カ そ(笑)。


イ でもライブくん(※ワークショップ参加者のひとり)の感想文は、ああそんな形で来たんだって思ったよね。文章じゃなくて、絵とか図だった。


― それをまさにミス・インタビューが朗読することになったよね。


イ 来るなって思ってた。あの順番だと絶対あたしのとこで止まるなって思ってたらホントに来ちゃって。


カ あれ逆に当たりじゃない? おもしろくない?


イ そうは思った。やればそれだけで何かになるから当たりは当たりだけど。


― 読み終わった後に「ちょっと私の意見とは違った」って言ったよね。そこをちゃんと伝えて良かったと思うよ。ライブくんも一瞬ウッとなってたけど、飲み込んでたよね。


イ そう、だって……違うから。いつもだったら言わない気がするけど言っても大丈夫かなって。わかんないけど、もしかしたら家で泣いてるかもしれないけど。


― 何で大丈夫だって思ったのかな?


イ 場所が場所だし……彼も……言っても大丈夫、人としても大丈夫だし……批評課だし……言っても受け止めてくれるかなと思いました。


ジ それ自体「批評」な感じがする。発信する側の感覚があって、受け取った側からの批判と共感があって、何か違うことが起きる、みたいな。


イ 後で帰り道に「やっぱさーあたし嫌いなんだよねー」って言うのは批評じゃないと思う。相手がいて、伝えるつもりで言ってるんだったら批評だけど、「やっぱさー違うしー」って裏で言うのはただの意見。


― ちからさんに聴かせたらそれ、にやにやして喜ぶと思うよ。


イ ……それはちょっと何かやだ(笑)。




▼高校生になったら

― 高校生になっても演劇はやりたい?


カ とりあえず、世田パブのワークショップには来る♥︎ 最初は演劇科がある高校に行こうとしてたんだけど、親とも話し合って、一番演劇ができるのは今選んだ学校だなと思って。なんか、すごいたくさん演劇やるの。授業で。演劇部はないんだけど、でも面接の時に「ぜひ演劇部つくってください」って感じだったから「あ、はーい」って(笑)。演劇部つくりたいんだけどさーって言ったら入ってくれそうな子もいて。


イ あたしは中高一貫で、部活とかが変わるわけじゃないので、演劇部も一応あるんですけど今から入るのはちょっとアレかなーってのがあって、演劇やるのは学校じゃない場でもやれるかなって思って。さっき振り返りの時におちまきさんも言ってたけど、情報収集を怠るのはそれこそ「怠慢」なので(笑)


― あれはパズドラの攻略方法をネットで調べるかどうかって話です(笑)。


カ でもおちまきさんパズドラやってそうなイメージ。あ、わっかるー♪ って思った。CMに出てそう。


イ あー!


ジ 出てそう!


カ ね、わかるでしょ? こうやってこうやってんの(スマホ画面を操作しているマネ)。


イ わかるわかる! 斜め下くらいからの(アングル)。


― そんなこと初めて言われた……。


カ きゃはー!


イ (それた話を戻す)や、まあ何かそれでがんばって探していけば、やれないこともないかなーって思った。でもなかなかネットで検索しても情報が出てこなかったりとか、終わっちゃったワークショップの感想とかが出て来て、そこは私もがんばんなきゃいけないなーって思うけど。


ジ うちも中高一貫で、演劇部がなくて……部活は剣道やってるんですけど、それもそれで楽しいし、それとは別でワークショプ探してみたくて、ここ以外のも体験したくて。さっきのおっさんの「世の中にはおもしろい演劇だけではなく、おもしろくないものもある。いろんなものに触れてほしい」って話もそうですけど、一回若干おもしろくなさげなところにも行って、それでもう一回ここに戻ってきた時にどう感じるのかなって思ったりもして。あと、何だろう……自分たちだけで、やってみてもいいんじゃないかなって思ってます。




▼わかること・わかんないこと2

― 二日目に、いろんな作家の文章を声に出して読んだじゃん。結構難しい文章もあったけど、意味わかった? 石原吉郎とか宮本常一とか、すっと入ってこない文章が多かったと思うんだけど。


カ や、なんか、普通だった。


― 普通?!


カ や、難しいけど、その文章について感想書けって言われたらちょっとヤだけど(笑)、これの芝居をつくりたい、みたいな。感想書くのは無理だけど、芝居つくってって言われたら楽しそうだな〜って思ってた。みんなの聴きながら。


― あの朗読おもしろかったもんね。


カ おもしろかった!


ジ 今回の批評課自体たぶん「わかんないけど付いていった」感じがすごい、演劇してるな〜って感じだった。なんだかんだ突破してきたのを、身体ですごい感じたというか。


カ でもね、結構あとあとになって、何かわかる時がある。前のとかで「あ、これあたし知ってる♥︎」みたいな。やり方とかじゃなくて気分的に。「これ知ってるわ〜出来るわ〜」って、みんな周り戸惑ってても(笑)。だからこの批評のやつも、そうなりそうな気がする。


ジ うん、絶対糧になりそうな気がする。


イ ダメにしたくないよね。七日間もここにいたから。そういう経験を。「ああやったね、終わったね」じゃなくて。あとあとに持って来るというか。持って来るのは私たちだから、誰かが持って来てくれるわけじゃないからそういうのはがんばんなきゃいけないなって。


ジ 七日間で身体にインプットされて、感覚をさ、何だろう、思い出すというかそういう作業がこれから必要なんだと思う。


イ 学校の生活に戻れるかな……(笑)。


― またこの批評課ワークショップあったら来てみたい?


カ 批評課であることもそりゃそうだけど、高校生が出てもいい世田パブのワークショップだったら何でも行く♥︎


― 宿題書かされても?


カ 行く♥︎




▼大人になっても演劇やる?

― 大人になったらどうなるんだろうね。


イ それ思うー。


― 大人になっても演劇やる?


カ え、やりたいー。


ジ でもおちまきさんの場合逆じゃないすか?


イ 逆に訊きたいんですけど、演劇部に入ってたのに、なんで普通の仕事につこうと思ったんですか? いったん演劇から離れて会社員になったんですよね?


― そう。「やたら演劇を観てる会社員」になった。


イ それってすごい何かこう、嫌っていうか悔しいっていうのなかったですか?


― 何だろう……まず、そんなに自分に役者の才能がないと思って、役者をやることはありえないと思ってたわけ。演劇は好きでずっと観てたんだけど、結局やりたいのが文章を書くことだったのよね。だから、演劇について、言葉を尽くして書くことをいちばんやりたいと思ったの。ずっと一人で細々書いてたんだけど、ある時期に藤原さんと出会って、一緒に仕事するようになったんだよね。いろんな偶然と必然が積み重なって今があるから、ホントに何がどう転ぶかわかんないなーって思うの。一直線に「劇評書く人になりたい!」と思ってたらたぶんこうなってないの。


三人 ふーん……。


― もちろん、まっすぐ俳優とか演出家を目指すのもすごくいいと思うんだけど、いろんな道があるよ。ミス・インタビューも、人の話聴いたり、体系的にいろいろ考えたり出来ると思うから……初日に「ドラマトゥルク」っていう役職の話をしたの覚えてる? そういう勉強とかもおもしろいかもしれない。


イ ああ……でもわたしシラさんと話した時も、一生懸命すぎてシラさんの目しか覚えてなかったんですよ、ほんとにもう……。


― そんなもんだよ、音声は録音しておけばいいんだよ(笑)。


イ ありがとうございます。


― 今日は遅くまでありがとう。気をつけて帰ってね。またいつか批評課で会えるのを楽しみにしてます。


三人 はーい。


 子供たち、帰る準備を始める。


カ (チョコの箱を覗きこんで)ねえねえ、何で最後の一個食べないの?


イ 最後の一個はみんな食べないんだよ〜。


カ えっ何で〜?!


― 食べなよ(笑)。じゃがりこも持ってかえんな。


カ いいの?!……やったね♥︎

 

 帰る準備をして、全員部屋を出る。

 落、エレベーターを待っている時に、ミス・インタビューのリュックに徳永京子・藤原ちから『演劇最強論』が突っこんであるのを発見。


― あ、『演劇最強論』。


イ そうなの……いちおう、持ってきてた。


カ えっ何これ? (手を伸ばして本を取り口絵をぱらぱら見る)あっ、ままごとだ。読みた〜い貸して〜。


イ これ図書館のだから……。


 三人はわいわい言いながら去っていく。(完)










(聞き手・構成:落 雅季子 2015.04.04)

https://bricolaq.hatenadiary.org/entry/20150407/p2

2015-04-03 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(6日目)

 藤原ちから 六日間、中学生たちと批評のワークショップやってみて、率直に言ってどうですか?


柏木陽 逆にちからさんはどうですか?


藤原 えっ、そうですね……。小学生、高校生のワークショップは経験があったけど中学生とは確か初めてで、難しい年齢という先入観がありました。だけど実際会ってみると、すごく面白い子たちで。身体はノイジーで、プロの俳優のようにシュッとはしてないんだけど、なんか魅力的なんですよね。それがぼくには新鮮なんですが、子供からお年寄りまで、いわゆるプロの俳優じゃない人たちと演劇ワークショップをたくさんやってきた柏木さんとしては、そういうノイジーな身体はどう見えるんですか?


柏木 プロの俳優や俳優志望の人は、意図したとおりに動きたいんですね。技術もあるし。でもいわゆる素人は動きに意図がなくて、ポンとやったことがすごく面白かったりする。その方が表現が「強い」気がしているんですよ。


藤原 プロの舞台作品を観ていても、感動するのは、技術でうまく固めたところよりも、たぶん演出家や俳優本人ですら謎であるような変な凄みが出る場面だったりします。ちなみにプロの俳優と作品をつくってみたい気持ちってありますか?


柏木 プロとアマチュアの違いを知るためにはすごくやりたいですね。


藤原 それはちょっとした興味があるという感じ?


柏木 いや、それが創作のモチベーションになるくらいには強い関心がありますね。単なる創作環境とか状況以外での違いがわからないと、日本のアマチュア演劇の位置づけは難しいんじゃないかと思ってるから。


藤原 「キャロマグ」(世田谷パブリックシアター学芸が発行する冊子)の編集とかを通じて世田谷パブリックシアターのワークショップに関わるようになって思うのは、「本当はプロになりたいけどアマチュアに甘んじてる」とかいう、従来のアマチュア演劇のイメージとはかなり違っているんじゃないかということです。今回の中学生たちにも、創作プロセスを重視する理念がすでに共有されてるように感じるから驚きです。世田谷パブリックシアター演劇部を2年やってきたことの蓄積が現れつつあるのかもしれない。演劇と関われるチャンネルが生まれてると思いますね。


柏木 大きな劇場でたくさんのスポットライト浴びる演劇もあるんだけど、「演劇活動」全般からすると山の一部。山頂だけが山じゃなくて、のぼって行くルート全部が山なんだから、たくさんの演劇活動があるんですよね。


藤原 今回、いろんな演劇人から、中学生の批評課って何やってんの?! 観に行きたい! みたいな問い合わせを多数もらっているんですけど(笑)、そもそも演劇ワークショップの現場で何が起きていて、進行役とされる人たちが何を考えて活動しているのかを伝えて行く必要があるなと、特にこの一週間柏木さんとご一緒してて思いました。というのは、演劇ワークショップの即席的な効果を求める声は高まってると思うんですよ。コミュニケーション能力に役立ちます的な。それは方便としては必要で、「社会にとって演劇は役に立ちますよ」って喧伝することで演劇の社会的地位を高めようという話は理解できるんですね。でもそれを方便として受け取らないで、ワークショップに効果やサービスを求める人たちが増えてしまってるんじゃないか。それを正直ね、50、60過ぎたおじさまたちが言う感じならまあしょうがないかなと思ってたんですよ。でも20歳くらいの子たちがすでにそういうことを鵜呑みにして、結果や効果しか見られなくなっているのはぼくはすごく残念だし、危険だとも思うんですね。つまり何も伝わってないわけですよ。演劇ワークショップに関わってきた人たちの思想や哲学が伝わらなくて、表面的・即席的な効果だけが求められるのは……ちょっと60年代的アングラな言い方をしますけど、そんなのは「反・演劇的」ですよ! 演劇やそれに関わってきた人たちへの最大の裏切りだとも思う。演劇はコミュニケーション能力として役に立つから行われるのじゃなくて、そこにまずある、存在していることそれ自体が大事で、そこにいろんな人がなぜか集まってくる魅力的なものだからこそ、対話が生まれると思うんですね。結果的にそこで磨かれるものがある、ということだと思う。人が集まるから。


柏木 言いすぎちゃうかもしれないけど、地域コミュニティのつくりかたって誰も知らないじゃないですか。地域コミュニティって、日本だとたぶんお祭りがつくってたと思うんですよ。お祭りをひらくとみんな集まって来て、準備もするじゃないですか。若い人を手伝わせたりして、徐々に彼らがその祭りの中心軸に入っていったり。小さい頃から「あれは面白い」「かっこいい」という思いを持って近づいていくことで、裏や苦労があることを知り、多層な人間関係を知っていく。利害関係の調整の仕方とかも。そうやってお祭りというハードルをクリアすることで自分の位置と地域コミュニティの作法を知っていくことがかつてあったと思うんですよ。そういうことに慣れていくための場として劇場ワークショップがいろんな場所で起こっていくことは、網の目のようなものを作っていく助けになると思いますね。

あと、個人的には今も「演劇は何の役にも立たないよ」って思ってるけど、そうは嘯(うそぶ)けない。下の世代が困るから。役立たないとは思うけど社会の中で相手を説得してみる、とかいうことを、僕らのところでやらないといけないと思う。


藤原 確かに、仕事としての社会的地位を獲得しておかないと、後継の人がキツくなるでしょうね。ぼくは編集者としてはね、社会の中でいろんな人や組織と関わりながら役立っていくという感覚は強いんですよ。「編集は世の中の役に立ちますよ!」ってアピールしたい(笑)。でも批評についてもそう思うかというとそれは微妙で。今回の批評課も、批評という概念や方法を使って発想をひろげる可能性を開拓したいということでやってるけど、いざ批評家を育てるとなったらぼくはたぶんめちゃくちゃスパルタで、批評する人間は、一子相伝、ひとりの師匠につきひとりの弟子しか育てられないんじゃないか、ぐらいに思ってるんです。批評は愛と距離だ、という話を中学生たちにしましたけど、それは社会に対してもそうで、精神的に社会から離れたりちょっとズレた位置にいることは大事だと思う。だから、中学生たちにはもちろん期待はしてますけど、将来何になるかもわからないし、彼らは彼らで自分の人生を謳歌(おうか)してくれればいいかなって。


柏木 中学生って何者になるかわからない最後の時期ですよね。高校生になるともっと将来を意識するから。でも、自分と近い世界(演劇)に来る可能性はあるかもしれない。それならもう少し伝えておくぞ、とは思ってます。


藤原 演劇ってけっこう潰しが効きますよね、いやほんとに(笑)。総合芸術というだけあって、いろんな感覚が自然に身についていくと思うんですよ。誰か人間と一緒にやるものだし、なんといっても、身体がスッと動けるようにもなるし。


柏木 中学生はみんな嬉々として身体動かすよね。ちっちゃい頃から「走るな騒ぐな」って言われてる東京の子たちが、走れるし騒げるし、そのうえ何かやって上手かったら褒めてくれる人がいて、しかも自分たちでアイデア出してそれが形になるって、喜びしかないよ。でも、「面白くない」って厳しいことも言われるじゃん。振り絞ったものがちゃんとジャッジされてる感じ? そういう、投げて打ち返される場で、捨て身で飛び込む瞬間があるんだよね、演劇は。あの捨て身の瞬間をどこかで知らないと、世の中で立てなくなる気がしてるんですよ。どうせ体験するならここでおやり! 俺たちけっこう受け止める覚悟あるぞ!(笑)


藤原 やっぱり手を動かさないとね……。煮詰まって考える時間も大事だけど、やっぱり手や足を使ってこねくりまわしていく中でうわーって生まれてくるイメージもあるから。そこが演劇ワークショップの面白さでもあるなって、今日、中学生たちが自分たちで発案してシーンつくってくの見てて思いました。あとですね、誰か傑出した子だけがすごい、って話にならない場なのがいいと思うんです。エリート主義とか競争原理で動いてない。かといって全員が桃太郎やシンデレラの役をやるような悪しき平等主義でもない。役割分担も、その場でぶつかって話し合っていく感じがあって、ああこれは醍醐味(だいごみ)だなって思いますよ。


柏木 短時間だとあまり達成できないんですけど、今回は七日あった。でも、ちっとも贅沢じゃないとも思うんですね。これくらいの期間があって初めて、何か見えて来るものがある気がする。もちろん入口として短期間のワークショップがあるのは全然いいけど、それがメインではないなって。


藤原 やっぱり「演劇部」になってるから蓄積もあるし、けっこうこの活動が継続されてるのは画期的なんじゃないですか。

 さっき、お祭りとコミュニティの話がありましたよね。今、残ってたとしても、そういう意味で機能してるお祭りってないんじゃないかと思うんですよね。お祭りって前近代的なところがあるし。近代以降の人間にとってのコミュニティを、お祭りで復活させるのはちょっと厳しいかもしれない。というのは、その「伝統」から排除される人が当然いるわけですよ。でも演劇ワークショップにはマッチョな排除の論理はないし、「みんなで盛り上がろう!」とかではなくて、ひとりひとりの孤独をキープできる気がするんですよね。みんなで一緒に何かをつくることはするけど、その人がその人自身であることは尊重されると思う。それは中学生もよくわかってるんだな、とひしひし感じます。何日か前のこのレポートで柏木さんも語ってらっしゃったように、劇場がやらないでどこがやる、ということ。世田谷パブリックシアターはその面でかなり先進的じゃないかと思ってます。どんなに建物として立派な劇場でも、人がいないと……。


柏木 人ですよね。


藤原 現場の経験と、劇場でやることの意義や理念を積みあげていくのはやっぱり人だし、周辺地域のいろんな人との関係も生まれていくし。批評はやっぱり作品や作家至上主義がベースになっちゃってるし、ジャーナリズムも制度の問題を取り上げはするけど、そこにいる人や理念にフォーカスする言葉が少なかったと思うんですね。きちんと議論の俎上(そじょう)に乗っていなかった。「キャロマグ」もそうですけど、これを機に言葉にしていきたいですね。……あ、時間なのでこのへんで。今回はワークショップに呼んでくださってありがとうございました。










(司会:落 雅季子 2015.04.03)

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2015-04-02 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(5日目)

進行役のひとり藤原ちからがホワイトボードに「批評 ― 愛と距離」と書いたのは、批評の対象は作品作家観客世の中種々様々なものが考えられるし、もしかすると演劇芸術アートそのものが対象かもしれない、しかしいずれにしてもそこからは距離を取らねばならない、距離を取ることができなければ愛に足を取られて倒れることになるであろう、ジョン・ケージにも宮武外骨にもそうした愛と距離の二つがあったのだ、批評はまず咀嚼から始まるのであり、観た作品に対してどう投げ返すか、要約や再現ではなく批評だ、ここは演劇部批評課なのだ、さあ思い出せ、今一度その方法や姿勢を各自で考えよ、と言わんがためではないかと思うが、兎にも角にもその前のめりでやや上滑りともいえる圧力で中学生たちはぱんぱんにふくらんで帰って行き、やっと静かになった、かと思いきや、そのあと始まった大人たちの振り返りの会でも彼の勢いはとどまることなく、中学生とやろうとなった時におっさんこと柏木さんと話したのは、体系を教えるのではなくまず無手活流でやってみることを大切にしようということで、今日まではなるべくこっちの意見を言わずに来た、しかし今日のいくつかのことに関しては一方的でもいいから批評家としての自分の姿勢を伝えたい、でもただ技術を教えるつもりはないし上手にやることにも興味はない、失敗のありえない場所に何の魅力があるのだろうか、必要なのはトライアンドエラーだ、自由にやっていいのだ、たとえば二日目にいろんな作家の文体を選んで持ってきて見せた中にもいわゆる“批評家”の文章はひとつも入れていない、ああ浅田彰の『逃走論』の冒頭は入れたけどあれは逃げろや逃げろの言葉が単に面白かったからで、これが批評、みたいな先入観はないほうがいいだろう、だって既存の批評家のエピゴーネン、つまり二番煎じですね、を育てるつもりは毛頭ないのだし、何がどう花咲くかなんてすぐにはわからないのだからと一気にまくしたて、それまで静かに聴いていたおっさんもたぶんそれにある程度同意したのだろう、「五年殺し、七年殺しですからね」とにやりと笑って言ったのだった。


(2015.04.02)

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2015-04-01 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(4日目)

午前中に、ふたり一組でインタビューの練習したじゃん。その時にわたしはお兄ちゃんと一緒になって、そう、初日にわたしが名前間違っちゃった子。や、もう間違えないよ、弟くんのほうとは今日最初にじゃんけんエクササイズもやったし、仲良しだよ。そう、で、お兄ちゃんから「普段はどんな仕事してるんですか?」って訊かれたから、最近まで実は会社員だったって答えたの。システムエンジニアしてたんだよ、って。でも、「システムエンジニア」っていう職業が何だかわかんないみたいだった(笑)。しょうがないよね、わたしも説明しようとして「銀行のATMの画面とかあるじゃない、ああいう仕組みをね、プログラム書いてつくってるような仕事」って言ったんだけど、考えてみたら中学生って銀行からお金下ろすようなことってたぶんほとんどないから、きっとわかんなかったよね……。で、会社員やめたって話をした時に「お母さんは反対しなかったんですか?」って今度は訊かれたから、おお、“お母さん”か……と思って。幸い親の反対はなく仕事やめたんだけど、中学生くらいだと親の同意がないと人生決めにくいよなーって、またしてもしみじみしちゃった。そうそう、おもしろかったのがね、夕方、ヨウコさんにインタビューし終わったあとに、ヨウコさんから中学生たちに逆に質問タイムになって。「どうして演劇ワークショップに来てるの?」「好きだから!」「これからも演劇続けるの?」「はい!」って、すっごい目がキラキラし始めて。インタビューで疲れてたとこから一気に元気になった(笑)。この子たち自分のことたくさん喋りたいし、ちゃんと喋れるんだなーって思ったの。わたしは人に自分の話はほとんどしないからさ。みんなの話聴くばっかり。だから今日、お兄ちゃんと組んでインタビュー練習する時に、久しぶりに自分のこと喋ったなあ……。人の話を聴くのは得意だよ。そういうの前は好きなんだと思ってたんだけど、好きなだけじゃなくて得意だからやれてるのかなって最近は思うね、ってそういえばヨウコさんも言ってたよね。うーん…………自分のこと、やっぱりあんまり喋りたいとは思わないかなあ…………いくら訊かれても、ねえ。なんか、喋りたくないことっていうか、それこそ墓場まで持って行くような秘密っていうの、ありすぎるから。










(2015.04.01)

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2015-03-31 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(3日目)

 ― 柏木陽さんが、中学生批評ワークショップをやりたいと思ったのはなぜですか?


柏木 世田谷パブリックシアター演劇部の中学生の子たちを見ていて、たとえば誰かの発表を見てフィードバックする時に、返す「手」が足りないなあとずっと思ってて。見たものに対する印象を言おうとすると、すごく当たり障りないか、めっちゃキツくなるかしちゃう。それで批評をやっている藤原ちからさんにお願いしてみたんです。意外と、僕がワークショップやる時とアプローチが変わらないなと思いましたね。


― ここまでのワークショップ前半日程では、いろんな作家の文章を声に出してみたり、国語辞典を使って遊んだり、とにかくたくさんの文体とボキャブラリーに触れましたね。


柏木 あれぐらいの年齢の子たちに、ゆくゆく役立つことを手に入れてもらおうと思うと、まずはいろいろ知っていく方向になるのかな。子供たちも、わりと恐れずに思ったことを喋るようになってきて、いつもうるさいけど、いつもよりうるさいかもしれない(笑)。


― 今日子供たちが、互いの『地域の物語』感想文を交換して朗読しあった時に、ある子が「ごめんね、これはちょっと自分の考えと違ったんだけど……」って、書いた本人に直接伝えたスリリングな瞬間がありましたよね。そういう時に、柏木さんは何を思ってるんですか。


柏木 「おっとスリリングだぜいッ♪」と思いつつ(笑)、修復できないことはやつらも言わないと思う。と言いつつ、もしもちょっと配慮に欠ける言葉が出てきたら、「意図してるようには伝わってないよ」って打ち返さなきゃいけないと思ってるけど。でも、基本的には「いいんじゃない? 行け行け!」って言い続けられる場であるといいですよね。


― ワークショップを通して、この年代の子に期待したいことって何ですか?


柏木 ……「背伸び」、かなあ。ひとりでパブリックシアターまで来ることとか、今日はキャロットタワーの奥の扉にまで入ってもいい日、とか。そういう背伸び感。それは行動圏だけじゃなくて、内容とか取り組み方に関しても。


― どうして「背伸び」をした方がいい?


柏木 子供って、安全を守られてると思うんです。だけど「ここから行くとまずいかな?」とか「これ言って大丈夫かな?」って逡巡する時間を持てないでいくと、本当に良くないと思うんです。ワークショップの中でも、いつでも何でもこなせる全能感に満ちているんじゃなくて「今日はこれだけ準備して来たけど、うまくいかなかった」ってことがあってもいいし、「だけど面白い!」って思えてれば、次もトライできる。その子なりの背伸びが出来る環境づくりを、劇場がやらなくてどこがやる? って思うんですね。


― 柏木さんが中学生の時はどうでした?


柏木 僕が中学生の時は……背伸びしてないですね(笑)。中学生の時に無理矢理親父に、川端康成『雪国』、三島由紀夫『潮騒』、太宰治『人間失格』の日本文学三点セットを渡されて。で、『人間失格』読んでガーンってなってた暗い中学時代だった。高校になって演劇部入ったんだけど、最初体験入部でやめようと思ってたのね。でもやたら構ってくる先輩がいて、僕が二年になった時に「何であの時引き止めたんですか?」って聞いたら、「お前さぁ、そのままほっといたら人殺しそうな顔してたんだもん」って言われて、そんな感じだったんだー? って(笑)。全国大会に行くような演劇部だったんで、背伸び感を持ったのは高校になってからかな。いきなり大阪まで行けとか、この舞台セットつくれとか言われたりね。だけど嫌じゃなかったし、そこで鍛えられたなーって思うと、背伸び感はどこかで要るかなと。大学に入ってから、当時教えに来てた如月小春(故人)に出会って、卒業後にアジア女性演劇会議(※1)の一回目を手伝いに行ってそのままNOISE(※2)入って。アジア女性演劇会議も、自分にとってはすごい背伸びだったな。


― 柏木さんの演劇史は、背伸び史でもあるわけですね。


柏木 そうですね、背伸び史です


― 初日に観劇した『地域の物語』に応答する何らかのものを、これからつくっていきますね。ワークショップ最終日には、それを『地域の物語』参加者の方々に観ていただくわけですが、中学生たちがどんなことを彼らに返せたらいいと思いますか?


柏木 直截な言葉とか行為を返せるといい。自分たちに起きた変化とか、おそろしいとか気持ち悪いと感じたこととか。こういうものを受け取ってますけど、そうじゃなかったら言ってくださいねっていう、応答の場にできたらいいですね。


※1 劇作家・演出家の故・如月小春氏、故・岸田理生氏を中心に、1992年に発足した組織。

※2 如月小春氏の主宰していた劇団。








(2015.03.27)

https://bricolaq.hatenadiary.org/entry/20150331/p1