2018年6月11日月曜日

疲弊した体にダンス(08.06.2018)

シビウのホテルに到着したのは、夜19:15だった。日本人ボランティアのI氏がチェックインのために私を待っていてくれて、あれこれ説明もしてくれる。フェスティヴァル期間中のチケットの束もここで手渡してもらった。
実はI氏は、到着の遅れた(ブラン城に寄ったからだ)私たちを心配してリーヴの携帯電話に何度かかけてきてくれていたのだが、リーヴが「ルーマニア語か英語で喋ってくれ!」といいつつ「なんか、マキコに話があるらしいよ」と電話を代わってくれたので、無事に時間のすりあわせはできていたというわけなのだった。

到着して荷物を置いた瞬間に、「FLEXN」Peter Sellars & The Flex Communityの開演時間、20時が迫っており、取り急ぎ会場とされているラドゥ・スタンカの劇場へ急いだ。しかし別のボランティアに聞いたところ会場はここじゃないわよ、とのことで大通り1本挟んだ場所へ移動。

Peter Sellars & The Flex Communityのダンスは、ニューヨークのブルックリンから来た人々によるもの。スキンヘッド、ブレイズ、コーンロウという髪型でわかるとおり、ブラックアメリカン(もちろん全員アメリカンかは分からない)のヒップホップ、ソウル、レゲエパフォーマンスを取り入れた創作ダンスだった。

彼らが繰り出すわざ、マイクパフォーマンス、客席を煽ってその様子をスマホに取るパフォーマーたちは、それでも、理不尽な殺しやそれを悲しむ女、というようなストーリー性のある構成を見せ、それがただのストリートダンスではなく、ルーマニアのプロセニアムの劇場でおこなわれる意味に、かろうじて、なっていた。でも使われている音楽がアメリカのポップミュージックで、ヴォーカルがうるさく、そこが良くなかった。
二人ほどとても目を引くダンサーがいて、細い上裸にはタトゥーだらけなのだが、空間を三次元に魅了して埋める力があった。そういうダンサーを見つけられるととても嬉しい。アンコールでは全員スタンディングで踊っていいことになったので、長旅の体の痛みを癒すべく、ヒップホップにあわせてストレッチなどをおこなった。

終演は22時近く。おなかがすいたので、サブウェイに入り、何とかサンドイッチを注文して帰る。10レイほど。
ホテルに戻ると、部屋に蛾が飛んでいた。窓があいていたことに気づかなかった私のミスだった。蛾は怖い。なぜなら羽根を畳まずに目玉むき出しで止まり、ぐるぐる飛び回り、鱗粉を撒き散らすからだ。
疲労困憊していてコンタクトレンズを外してしまったが、あれ、天井にあんな黒い染みあったかな? と思って眼鏡をかけたらやはり蛾であった。高い天井なのでとても手が届かない。考えた結果、トイレットペーパーを丸のまま持ってきて投げつける作戦をとったが、トイレットペーパーがほぼ側に命中してもびくともしない。かわりに、先ほどのサブウェイのビニール袋を振り回したら驚いて飛びたったので、ホテルのドアを開け、部屋の明かりは消し、蛾が出てくるのを待った。
出てこない。こっそり覗くと、先ほどよりやや低い位置に止まっている。これなら、ベッドに椅子を乗せれば倒せるかもしれない。勇気を出してトイレットペーパーを丸め、蛾を捕まえようと試みた。
蛾は飛んだ。声にならない声を上げ、再び私は開けておいた部屋の扉の外へ逃げた。頭の中では、フロントの人か、日本人ボランティアのI氏を呼ぶか、血迷っていた。しかし蛾ごときで……という理性が私を最期の戦いへ向かわせた。
蛾は、ちょうど私の背の届く絵の額縁に止まっていた。ルーマニアで初めての殺生になることを覚悟し、少し祈ってから、目にも見えない素早さで丸めたトイレットペーパーの中に蛾を仕留めた。激闘であった。
睡眠導入剤を飲んでいたが、高揚感から飲みに出かけずにはいられず、スーパーでレモンチューハイ的なものを買って道端で飲んだ。どうやら薬が効いてしまい、そのまま寝てしまったようで優しい通行人が起こしてくれたのでホテルに帰った。強盗されなくてよかった。なにも盗まれていなかった。無いのは、飲みに出かけてからの記憶だけである。レモンチューハイをどこで買ったかすら覚えていない。
長時間のフライト、車移動の疲れが取れず、体中が痛かったので、0時から打ち上げだったオープニングセレモニーの花火は観ずに寝た。せっかく来たなら観た方がいいのだが、あまりに疲れていたから、私はまだシビウに来ていない、来ていないのだから花火を観ることはできない、というロジックを用いて、すやすやと眠りについた。レモンチューハイは、少し残した。

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