2020年12月11日金曜日

▼カテゴリについて

日常の記録のほかに、旅をした時は特別に記録をつけています。以下、カテゴリ別に説明を記載。

2018シビウ国際演劇祭日記
初めて単独で批評家として招聘していただいた、ルーマニアのフェスティバル滞在記。だいぶ文体が変わっているのが自分でも分かります。

2016デュッセルドルフ滞在記
FFT Düsseldorf NIPPON PERFORMACE NIGHTに招聘され、ドラマトゥルクとして会期終わりにドイツを訪ねた時の記録。この2か月前から藤原ちからはひとりでリサーチを繰り返し、本を製作していたので、私のこの日記は、彼が仕事を終えたあとのもので、彼の苦労や孤独を汲み取ることがうまくできていなくて申し訳ないです。フェスティバルの様子やデュッセルドルフの街のこと、毎日のたべものなどの備忘録と思ってお読み下さい。

小豆島滞在記
瀬戸内国際芸術祭2016年夏会期に、劇団ままごとに帯同して「喫茶ままごと」の店員をしていた時の記録。劇団員の話はときどき出てきますが、坂手港の人々との交流が中心となっています。文中の固有名詞はあえて統一していないので、最初に出てきたあの人が、次はそれとわからない形で再登場していたりもします。


城崎再訪記
2016年7月に、ふたたび城崎国際アートセンターに滞在した時の記録。『演劇クエスト』改訂を目的に滞在しました。昨年出会った人々との関係がより成熟し、「ただいま」「おかえり」と言えるようになってからの日常です。


城崎日記
2015年8月に、『演劇クエスト』制作のために城崎国際アートセンターに滞在した時の記録。はじめて訪れた但馬で、だんだん人々との交流が深まっていく様子を書いています。

批評家ワークショップレポート
2015年春に世田谷パブリックシアターでおこなった批評ワークショップの記録です。7日間、すべて違う文体で記録するというミッションを自分に課していました。

2012年北京日記
2012年6月に、まだ会社員だったころ、北京に出張した時にノートにつけていた日記メモを転記したもの。食べたものの話や、現地法人の中国人社員さんとの会話などの記録。天安門事件が起きた記念の日に北京に居合わせたことは、忘れがたいことです。


2012北京再訪日記
同年9月に北京にふたたび出張した時の記録。この年は、反日デモが大変に盛り上がって、危険ではないかと言われつつも、ひとりで現地に送り込まれたのでした。

2015-04-07 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(7日目)

 世田谷パブリックシアターの会議室。七日間にわたった批評課の最終日、わたしは、偶然残っていた中学生演劇部古参のミス・カチューシャ、中学二年生ながら華麗なファッションでみんなを魅了するミスター・ジャケット、ワークショップ内で行ったインタビューでその才能を開花させたミス・インタビューの三人に話を聴くことにした。



柏木陽 さて……俺がいない方が好きなこと言えるだろ?(部屋を出て行く)


藤原ちから じゃ僕も……あばよ。またどこかでね〜。


ミス・インタビュー あ、あの……! どっかで会ったら、こんにちはって言っていいんですか?


藤原 え……? もちろん。


イ 「仕事モードの時は話しかけるな!」とか言われんのかなと思って……。


藤原 なんでよ(笑)。大丈夫だよ、道ばたでも劇場でも。じゃあね〜。


 藤原、去る。

 部屋には中学生三人と、落だけになる。


― じゃあ始めます。まず、どうして世田谷パブリックシアターのワークショップを知ったの?


イ 演劇のワークショップやってみたいなと思ってネットで探したんだけど、今まで都合が合わなくって、やっとこないだの冬、第三期に来れたーっていう感じです。だからこれが二回目。


ミス・カチューシャ んっとねー、わたしは、最初は演劇やりたくて、劇団探して! 事務所探して! っていう勢いだったんだけど、お母さんがここのワークショップ見つけてきて、いいんじゃない? 最初はこういうところからスタートしてみれば? みたいな感じになって、行ったらハマっちゃった♪ みたいな(笑)。


ミスター・ジャケット 僕は、急に演劇がやりたくなった、というか……。


― え、すごい。どうして?!


ジ わかんないんですけど……そういうのないかなって急に調べ始めて、家の近くに劇団があって、そこに行こうと思ったんですけど、いい感じに毎週予定が入ってて、そこはあきらめ……。で、いろいろ調べて行くうちにここに辿り着いて、一番近い時期のワークショプが冬の第三期で。だからミス・インタビューと同じタイミングで始めました。




▼わかること・わかんないこと1

― 今回はタイトルに「演劇部 批評課」って付いてたじゃん。「批評のワークショップ」ってやってみてどうだった?


カ 正直、いつもだったら「戯曲からやってみよう」とか「登場人物つくろう」とかそういう系で、わたしは演じるのが好きだから、「批評」って違くない? って思ったけど、まあおっさん(=柏木陽のニックネーム)の名前書いてあるし、これは絶対なんかつくるなーと思って、いいなーって思って来た(笑)。てか、おっさんの名前じゃなくても来たと思うけど、来た♥︎


イ え……あ、あの、何かすごい、失礼なんですけど……批評家ってちょっと正直うさんくさいなとか思って……。だってその、ごはん食べていけるのかなとか思って……何してるのかなとかよくわかんなくて。うさんくさいならうさんくさいなりにちょっと見てみようかなと思って……す、すいません……。


― それおもしろーい! おもしろーい! 実際会ってもよくわかんなかったでしょ?(笑)


イ あんなことしてて、生きていかれるの……?(みんな笑う)今さんざん親から将来のこと、進路決めなさい、とか資格を取れるような仕事につきなさい、とか言われてる中でこういうオトナを見ると「え、ええー……?!」ってなるのはちょっとあります。


ジ そうですね……僕は、「批評って何だろう?」っていうところから始まって、チラシの演劇部批評課っていう文字を見た時に、「批評」より「演劇」に目が行って……。正直、今現在あんまり、パッとはしてないんですけど……でも批評っていうものがわかってなくても、自然とやってたんじゃないかなって。劇つくったりする中に、自分では意識してなくても批評っていう要素があったんじゃないかと。


― 「パッとしない」っていうのは「批評」って何だかよくわかんないってこと?


ジ そうですね。


イ やだー、話が難しいよー(笑)


カ やーなんかー、ていうかー、このワークショップ全部わかんないから、もう、普通(笑)。


― 普通?!


カ なんかね、人生で初めてやったワークショップがトバズニハ(伊藤キムにより結成された中高生パフォーマンスグループ)だったの。で、キムさんの時点でわけわかんないし、中学生演劇部来ててもいつもわけわかんないし、で、今までもいろいろやったけど、全部わけわかんないし、でもわけわかんないの好きだから、この批評課もわけわかんなくて、たのしい(笑)。だからね、もうわけわかんないの当たり前? で、わかると逆に「あ、わかっちゃった」みたいになるから。わかったことないけどねっ(笑)


― でもさ、わけわかんないのと、内容が難しくて理解できないのとはちょっと違うじゃん。今回はどっちだった?


カ 何ていうか、「批評って何?」って訊かれて、「ちからさんは『愛と距離』みたいなこと言ってたよーん」ってことは言えるけど「えー?しらなーい」みたいな?「でも楽しいよー!」みたいな感じ?(笑)


ジ 実際楽しかったんですよ。


カ そ、楽しいもん。


― パッとしなかったけど楽しかった?


ジ 楽しかったです。


カ だってパッとしないのはいつもそうだから!


― (笑)


イ でもすごい自由にやらせてもらった気がする。おっさんとかちからさんは、質問を投げかけても、「こうした方がいいよね?」みたいな裏のニュアンスを含んでない。「こういうのもあるし、他の案もあるよね。どっちがいい? どうする?」って言ってくれるから。さっきおっさんが演劇にもいろいろあるって言ってたけど、すごくいいところのワークショップに来てたんだなって思った。




▼演じて応答するということ

― 今日、『地域の物語』という公演をつくった人たちの前で、別の作品をつくって演じて返すってことをしたじゃない? そもそもそういう応答の仕方って例がないと思うんだけど、みんなも初めて?


カ そうだね、初めてかな。


― 緊張した?


カ いやあ……。


イ え、めっちゃ(してたじゃん)。


カ 違う違う、緊張するのはいつでもそうなの! 始まる直前にウーッてなるんだけど、それは相手に返すからとかじゃなくて! だって、返すけど、もううちらの作品になってるから、それを見せるだけだから、あんまり緊張しなかったけど……。正直言うと、(『地域の物語』出演者の)ヨウコさんとかシラさんとかにインタビューした話をやった(作品内に取り入れた)じゃん。それが、ちょっと……まあ別にいいと思うけど、違うふうに受け取っちゃってたら、ちょっと……どうなんだろう、って……ヨウコさんとかシラさんの反応見ちゃった。


イ わたしも〜。めっちゃ顔見た〜。


カ だからそれはあるけど、でもそんな特別! みたいのはなかった。


 世田谷パブリックシアター学芸スタッフの“にらだい”がお菓子を持って来る。にこにこして、邪魔しないように去って行く。


カ あ、マッカデミア〜♪ 開けてい?


― そっか。でもその後皆さんからその場で感想もらったじゃん。それはどう思った?


カ (マカデミアチョコを食べながら)ほっとした。「あたしこんなこと言ってないけど」とか「そういうつもりじゃないんだけど」じゃなくて、ちゃんと見てくれてるなって。よかった。


ジ 発表のあと、みんなちゃんとコメントくれたのがすごいうれしかった。


― そうだね。相互的な感じがすごくしたよね。




▼中学生から見た「批評」

― 演劇を演劇部でやるっていうと、みんな出るつもりで来てるんだよね? だけど今回は『地域の物語』の感想文書いたり、出演してた人にインタビューしたり、いろんな演劇との関わり方を体験できたと思うんだけど、面白かった?


カ やっぱり文章は苦手だなって思った、ヒヒ(笑)。だから、ちからさんとかおちまき(落雅季子)さんとかすごいなって思って。ある人の話を演劇にしてください、って言われたら出来るけど、感想書いてくださいって言われたら無理だ、ウェーッてなった。


イ 最初は演じる方が面白いなーと思ってたけど、文章書いて組み立てたりとか、ここはもうちょっとこうしたほうが……とか考えるのもすごい面白いなーと思って。わたし、文章書くのそんなに嫌いじゃないんですけど、でも書いてるとこう、型にはまる感じがしてきて……でも今回いろいろやって、もうちょっと違う形もあるのかなとは思いました。


ジ やり始めたら書けるんですけど、自分からやろうとはあんまり思わなかった。でも自主的に書こうっていう気持ちを、強引ではあるんですけど、引き出してもらって、また新しい見方というか演劇の感じ方があるんだなって思ったりしました。


― あたしも中高大学と演劇をやってたんだけど、卒業して会社員やって紆余曲折経て、今は劇評を書くということがいちばん自分にしっくり来てるのね。結構回り道してるというか、だから演劇とのいろんな関わり方があることを伝えられたらそれだけでよかったかなって思うんだよねえ……。でも「批評課」って付いてるから何か書かされるんだろうなっていう予感はあったでしょ?


カ なかった(即答)。


― なかった?!


カ だって、だってさあ! あれだよ?! チラシに「柏木陽」って書いてあったから!(笑)まあちからさんの名前もあったけど……ちからさんに最初に会ったのはキャロマグの座談会(vol.6の中学生演劇部特集)の時だったんだけど、そん時のちからさんの印象はね、「おもしろい人」(笑)。


イ マスクちゃん(ワークショップ参加者のひとり)がやくみつるに似てるって言ってた(笑)。


カ・ジ (爆笑)


カ 座談会の時はただ話しただけだから、文章のイメージがなくて。何かねえ、そこまで「えっ、書くの?!」とはなんなかったけど、「ま、批評だし、やるのか……やんのか」みたいになった。でも全然ホントに、書くと思ってなかった。


ジ 僕は若干覚悟はしてた(笑)。


イ あたしは書くかなーとは思ってたけど、そこまで嫌いじゃないから、ここでいいの書けば褒められるかなあ〜うふふ〜、みたいのはちょっとあった(笑)


― 実際批評家であるちからさんって、どんな感じに見えた?


カ すごい優しい人!


イ え〜! 絶対に裏では、フフ……みたいなとこある!


カ でもさ、おっさん(=柏木陽)はさ、優しいけど怖いっていうか、ヘンでしょ! にらだいもお菓子買って来てくれたりして優しいけどヘンじゃん。で、最初に会った(伊藤)キムさんも相当ヘンだったから、ちからさんに会って「お、ちゃんとした人だ〜普通の人だ〜」と思って(笑)でもねえ、ちょっとねえ、何かねえ、隠してるとこはありそう!


イ だって普通の人だったらこんなとこ居られなくない?


カ うん。そうだね。


― こんなとこって……?


イ 批評とか演劇の世界。


カ あとおっさんとも話が合ってるしね。


イ おっさんと普通に話せる時点できっとヘンだよ。


ジ ちからくんって、よくわかんないけど、おもしろいんですよね……なんか会いに行きたいっていうか、話を聴きたい……よくわかんないけど、また批評課をやるなら聴いてみたい。


― 話長いけどいいの?(笑)。二日くらい前にすごい批評家モードになってベラベラ喋った日あったじゃない。終わってから振り返りの時間にもすっごい喋ってたから、あれ。


ジ (爆笑)


カ 部屋の外まですごい聴こえてた!


ジ 突っ込めばすごい話を聴いてくれそうな人だなって思う。


― いつかお酒とか飲んだらいいんじゃないかな。もう、すごい飲むよ……。


ジ 飲みそう〜(笑)。


 にらだいが突然現れ「ちからさんたちどこ行った?」と言いながらじゃがりこを自然につまみ、一本食べて風のように去る。


イ あ、食べてった。


カ やっぱヘンな人だよ〜。食べ方もヘンだよ〜、ウケる〜。


イ あたしも食べよ〜。


― いつもの演劇部と今回の批評課では何か違うなってことはあった?


カ え、何かね、動かない。


イ あー、お尻が痛くなったね。


カ あと宿題? これまでもある時はあったんだけど、何か今回はちゃんと形にしてくる宿題だった。いつもは「考えといて〜」とか、そういう感じのノリで、文章でちゃんと提出して読む! みたいのはなかったから、ちょっと「ウヒ?」ってなった。


― 期限も厳しかったよね。


カ 次の日だもん(笑)。


イ 眠いし(笑)。私、朝書いたりしてた。


カ 私も朝書くこと多かった。前日の帰り際にだいたい文章考えてて、家帰って書くの忘れて、寝て起きると、その当日より客観的に思えるからちょっと直して、みたいな。


― それって演劇の台詞とか振りを考えて来てっていうのと一緒な感じ?


カ 文章にするのはね……なんか違った。なんかね、いつも演劇やる時のイメージは……「わちゃわちゃわちゃわちゃ〜♪うひょひょひょひょ〜♪」だけど、今回は「うひょひょひょひょ〜♪」の前に、ちょっとキチッとした感じがあって、「うひょ? キチッ! うひょひょひょ〜♪」みたいな感じ。で最後は「うひゃー!」みたいな感じだった。


― その「うひゃー!」は発表のこと?(笑)


カ そ(笑)。


イ でもライブくん(※ワークショップ参加者のひとり)の感想文は、ああそんな形で来たんだって思ったよね。文章じゃなくて、絵とか図だった。


― それをまさにミス・インタビューが朗読することになったよね。


イ 来るなって思ってた。あの順番だと絶対あたしのとこで止まるなって思ってたらホントに来ちゃって。


カ あれ逆に当たりじゃない? おもしろくない?


イ そうは思った。やればそれだけで何かになるから当たりは当たりだけど。


― 読み終わった後に「ちょっと私の意見とは違った」って言ったよね。そこをちゃんと伝えて良かったと思うよ。ライブくんも一瞬ウッとなってたけど、飲み込んでたよね。


イ そう、だって……違うから。いつもだったら言わない気がするけど言っても大丈夫かなって。わかんないけど、もしかしたら家で泣いてるかもしれないけど。


― 何で大丈夫だって思ったのかな?


イ 場所が場所だし……彼も……言っても大丈夫、人としても大丈夫だし……批評課だし……言っても受け止めてくれるかなと思いました。


ジ それ自体「批評」な感じがする。発信する側の感覚があって、受け取った側からの批判と共感があって、何か違うことが起きる、みたいな。


イ 後で帰り道に「やっぱさーあたし嫌いなんだよねー」って言うのは批評じゃないと思う。相手がいて、伝えるつもりで言ってるんだったら批評だけど、「やっぱさー違うしー」って裏で言うのはただの意見。


― ちからさんに聴かせたらそれ、にやにやして喜ぶと思うよ。


イ ……それはちょっと何かやだ(笑)。




▼高校生になったら

― 高校生になっても演劇はやりたい?


カ とりあえず、世田パブのワークショップには来る♥︎ 最初は演劇科がある高校に行こうとしてたんだけど、親とも話し合って、一番演劇ができるのは今選んだ学校だなと思って。なんか、すごいたくさん演劇やるの。授業で。演劇部はないんだけど、でも面接の時に「ぜひ演劇部つくってください」って感じだったから「あ、はーい」って(笑)。演劇部つくりたいんだけどさーって言ったら入ってくれそうな子もいて。


イ あたしは中高一貫で、部活とかが変わるわけじゃないので、演劇部も一応あるんですけど今から入るのはちょっとアレかなーってのがあって、演劇やるのは学校じゃない場でもやれるかなって思って。さっき振り返りの時におちまきさんも言ってたけど、情報収集を怠るのはそれこそ「怠慢」なので(笑)


― あれはパズドラの攻略方法をネットで調べるかどうかって話です(笑)。


カ でもおちまきさんパズドラやってそうなイメージ。あ、わっかるー♪ って思った。CMに出てそう。


イ あー!


ジ 出てそう!


カ ね、わかるでしょ? こうやってこうやってんの(スマホ画面を操作しているマネ)。


イ わかるわかる! 斜め下くらいからの(アングル)。


― そんなこと初めて言われた……。


カ きゃはー!


イ (それた話を戻す)や、まあ何かそれでがんばって探していけば、やれないこともないかなーって思った。でもなかなかネットで検索しても情報が出てこなかったりとか、終わっちゃったワークショップの感想とかが出て来て、そこは私もがんばんなきゃいけないなーって思うけど。


ジ うちも中高一貫で、演劇部がなくて……部活は剣道やってるんですけど、それもそれで楽しいし、それとは別でワークショプ探してみたくて、ここ以外のも体験したくて。さっきのおっさんの「世の中にはおもしろい演劇だけではなく、おもしろくないものもある。いろんなものに触れてほしい」って話もそうですけど、一回若干おもしろくなさげなところにも行って、それでもう一回ここに戻ってきた時にどう感じるのかなって思ったりもして。あと、何だろう……自分たちだけで、やってみてもいいんじゃないかなって思ってます。




▼わかること・わかんないこと2

― 二日目に、いろんな作家の文章を声に出して読んだじゃん。結構難しい文章もあったけど、意味わかった? 石原吉郎とか宮本常一とか、すっと入ってこない文章が多かったと思うんだけど。


カ や、なんか、普通だった。


― 普通?!


カ や、難しいけど、その文章について感想書けって言われたらちょっとヤだけど(笑)、これの芝居をつくりたい、みたいな。感想書くのは無理だけど、芝居つくってって言われたら楽しそうだな〜って思ってた。みんなの聴きながら。


― あの朗読おもしろかったもんね。


カ おもしろかった!


ジ 今回の批評課自体たぶん「わかんないけど付いていった」感じがすごい、演劇してるな〜って感じだった。なんだかんだ突破してきたのを、身体ですごい感じたというか。


カ でもね、結構あとあとになって、何かわかる時がある。前のとかで「あ、これあたし知ってる♥︎」みたいな。やり方とかじゃなくて気分的に。「これ知ってるわ〜出来るわ〜」って、みんな周り戸惑ってても(笑)。だからこの批評のやつも、そうなりそうな気がする。


ジ うん、絶対糧になりそうな気がする。


イ ダメにしたくないよね。七日間もここにいたから。そういう経験を。「ああやったね、終わったね」じゃなくて。あとあとに持って来るというか。持って来るのは私たちだから、誰かが持って来てくれるわけじゃないからそういうのはがんばんなきゃいけないなって。


ジ 七日間で身体にインプットされて、感覚をさ、何だろう、思い出すというかそういう作業がこれから必要なんだと思う。


イ 学校の生活に戻れるかな……(笑)。


― またこの批評課ワークショップあったら来てみたい?


カ 批評課であることもそりゃそうだけど、高校生が出てもいい世田パブのワークショップだったら何でも行く♥︎


― 宿題書かされても?


カ 行く♥︎




▼大人になっても演劇やる?

― 大人になったらどうなるんだろうね。


イ それ思うー。


― 大人になっても演劇やる?


カ え、やりたいー。


ジ でもおちまきさんの場合逆じゃないすか?


イ 逆に訊きたいんですけど、演劇部に入ってたのに、なんで普通の仕事につこうと思ったんですか? いったん演劇から離れて会社員になったんですよね?


― そう。「やたら演劇を観てる会社員」になった。


イ それってすごい何かこう、嫌っていうか悔しいっていうのなかったですか?


― 何だろう……まず、そんなに自分に役者の才能がないと思って、役者をやることはありえないと思ってたわけ。演劇は好きでずっと観てたんだけど、結局やりたいのが文章を書くことだったのよね。だから、演劇について、言葉を尽くして書くことをいちばんやりたいと思ったの。ずっと一人で細々書いてたんだけど、ある時期に藤原さんと出会って、一緒に仕事するようになったんだよね。いろんな偶然と必然が積み重なって今があるから、ホントに何がどう転ぶかわかんないなーって思うの。一直線に「劇評書く人になりたい!」と思ってたらたぶんこうなってないの。


三人 ふーん……。


― もちろん、まっすぐ俳優とか演出家を目指すのもすごくいいと思うんだけど、いろんな道があるよ。ミス・インタビューも、人の話聴いたり、体系的にいろいろ考えたり出来ると思うから……初日に「ドラマトゥルク」っていう役職の話をしたの覚えてる? そういう勉強とかもおもしろいかもしれない。


イ ああ……でもわたしシラさんと話した時も、一生懸命すぎてシラさんの目しか覚えてなかったんですよ、ほんとにもう……。


― そんなもんだよ、音声は録音しておけばいいんだよ(笑)。


イ ありがとうございます。


― 今日は遅くまでありがとう。気をつけて帰ってね。またいつか批評課で会えるのを楽しみにしてます。


三人 はーい。


 子供たち、帰る準備を始める。


カ (チョコの箱を覗きこんで)ねえねえ、何で最後の一個食べないの?


イ 最後の一個はみんな食べないんだよ〜。


カ えっ何で〜?!


― 食べなよ(笑)。じゃがりこも持ってかえんな。


カ いいの?!……やったね♥︎

 

 帰る準備をして、全員部屋を出る。

 落、エレベーターを待っている時に、ミス・インタビューのリュックに徳永京子・藤原ちから『演劇最強論』が突っこんであるのを発見。


― あ、『演劇最強論』。


イ そうなの……いちおう、持ってきてた。


カ えっ何これ? (手を伸ばして本を取り口絵をぱらぱら見る)あっ、ままごとだ。読みた〜い貸して〜。


イ これ図書館のだから……。


 三人はわいわい言いながら去っていく。(完)










(聞き手・構成:落 雅季子 2015.04.04)

https://bricolaq.hatenadiary.org/entry/20150407/p2

2015-04-03 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(6日目)

 藤原ちから 六日間、中学生たちと批評のワークショップやってみて、率直に言ってどうですか?


柏木陽 逆にちからさんはどうですか?


藤原 えっ、そうですね……。小学生、高校生のワークショップは経験があったけど中学生とは確か初めてで、難しい年齢という先入観がありました。だけど実際会ってみると、すごく面白い子たちで。身体はノイジーで、プロの俳優のようにシュッとはしてないんだけど、なんか魅力的なんですよね。それがぼくには新鮮なんですが、子供からお年寄りまで、いわゆるプロの俳優じゃない人たちと演劇ワークショップをたくさんやってきた柏木さんとしては、そういうノイジーな身体はどう見えるんですか?


柏木 プロの俳優や俳優志望の人は、意図したとおりに動きたいんですね。技術もあるし。でもいわゆる素人は動きに意図がなくて、ポンとやったことがすごく面白かったりする。その方が表現が「強い」気がしているんですよ。


藤原 プロの舞台作品を観ていても、感動するのは、技術でうまく固めたところよりも、たぶん演出家や俳優本人ですら謎であるような変な凄みが出る場面だったりします。ちなみにプロの俳優と作品をつくってみたい気持ちってありますか?


柏木 プロとアマチュアの違いを知るためにはすごくやりたいですね。


藤原 それはちょっとした興味があるという感じ?


柏木 いや、それが創作のモチベーションになるくらいには強い関心がありますね。単なる創作環境とか状況以外での違いがわからないと、日本のアマチュア演劇の位置づけは難しいんじゃないかと思ってるから。


藤原 「キャロマグ」(世田谷パブリックシアター学芸が発行する冊子)の編集とかを通じて世田谷パブリックシアターのワークショップに関わるようになって思うのは、「本当はプロになりたいけどアマチュアに甘んじてる」とかいう、従来のアマチュア演劇のイメージとはかなり違っているんじゃないかということです。今回の中学生たちにも、創作プロセスを重視する理念がすでに共有されてるように感じるから驚きです。世田谷パブリックシアター演劇部を2年やってきたことの蓄積が現れつつあるのかもしれない。演劇と関われるチャンネルが生まれてると思いますね。


柏木 大きな劇場でたくさんのスポットライト浴びる演劇もあるんだけど、「演劇活動」全般からすると山の一部。山頂だけが山じゃなくて、のぼって行くルート全部が山なんだから、たくさんの演劇活動があるんですよね。


藤原 今回、いろんな演劇人から、中学生の批評課って何やってんの?! 観に行きたい! みたいな問い合わせを多数もらっているんですけど(笑)、そもそも演劇ワークショップの現場で何が起きていて、進行役とされる人たちが何を考えて活動しているのかを伝えて行く必要があるなと、特にこの一週間柏木さんとご一緒してて思いました。というのは、演劇ワークショップの即席的な効果を求める声は高まってると思うんですよ。コミュニケーション能力に役立ちます的な。それは方便としては必要で、「社会にとって演劇は役に立ちますよ」って喧伝することで演劇の社会的地位を高めようという話は理解できるんですね。でもそれを方便として受け取らないで、ワークショップに効果やサービスを求める人たちが増えてしまってるんじゃないか。それを正直ね、50、60過ぎたおじさまたちが言う感じならまあしょうがないかなと思ってたんですよ。でも20歳くらいの子たちがすでにそういうことを鵜呑みにして、結果や効果しか見られなくなっているのはぼくはすごく残念だし、危険だとも思うんですね。つまり何も伝わってないわけですよ。演劇ワークショップに関わってきた人たちの思想や哲学が伝わらなくて、表面的・即席的な効果だけが求められるのは……ちょっと60年代的アングラな言い方をしますけど、そんなのは「反・演劇的」ですよ! 演劇やそれに関わってきた人たちへの最大の裏切りだとも思う。演劇はコミュニケーション能力として役に立つから行われるのじゃなくて、そこにまずある、存在していることそれ自体が大事で、そこにいろんな人がなぜか集まってくる魅力的なものだからこそ、対話が生まれると思うんですね。結果的にそこで磨かれるものがある、ということだと思う。人が集まるから。


柏木 言いすぎちゃうかもしれないけど、地域コミュニティのつくりかたって誰も知らないじゃないですか。地域コミュニティって、日本だとたぶんお祭りがつくってたと思うんですよ。お祭りをひらくとみんな集まって来て、準備もするじゃないですか。若い人を手伝わせたりして、徐々に彼らがその祭りの中心軸に入っていったり。小さい頃から「あれは面白い」「かっこいい」という思いを持って近づいていくことで、裏や苦労があることを知り、多層な人間関係を知っていく。利害関係の調整の仕方とかも。そうやってお祭りというハードルをクリアすることで自分の位置と地域コミュニティの作法を知っていくことがかつてあったと思うんですよ。そういうことに慣れていくための場として劇場ワークショップがいろんな場所で起こっていくことは、網の目のようなものを作っていく助けになると思いますね。

あと、個人的には今も「演劇は何の役にも立たないよ」って思ってるけど、そうは嘯(うそぶ)けない。下の世代が困るから。役立たないとは思うけど社会の中で相手を説得してみる、とかいうことを、僕らのところでやらないといけないと思う。


藤原 確かに、仕事としての社会的地位を獲得しておかないと、後継の人がキツくなるでしょうね。ぼくは編集者としてはね、社会の中でいろんな人や組織と関わりながら役立っていくという感覚は強いんですよ。「編集は世の中の役に立ちますよ!」ってアピールしたい(笑)。でも批評についてもそう思うかというとそれは微妙で。今回の批評課も、批評という概念や方法を使って発想をひろげる可能性を開拓したいということでやってるけど、いざ批評家を育てるとなったらぼくはたぶんめちゃくちゃスパルタで、批評する人間は、一子相伝、ひとりの師匠につきひとりの弟子しか育てられないんじゃないか、ぐらいに思ってるんです。批評は愛と距離だ、という話を中学生たちにしましたけど、それは社会に対してもそうで、精神的に社会から離れたりちょっとズレた位置にいることは大事だと思う。だから、中学生たちにはもちろん期待はしてますけど、将来何になるかもわからないし、彼らは彼らで自分の人生を謳歌(おうか)してくれればいいかなって。


柏木 中学生って何者になるかわからない最後の時期ですよね。高校生になるともっと将来を意識するから。でも、自分と近い世界(演劇)に来る可能性はあるかもしれない。それならもう少し伝えておくぞ、とは思ってます。


藤原 演劇ってけっこう潰しが効きますよね、いやほんとに(笑)。総合芸術というだけあって、いろんな感覚が自然に身についていくと思うんですよ。誰か人間と一緒にやるものだし、なんといっても、身体がスッと動けるようにもなるし。


柏木 中学生はみんな嬉々として身体動かすよね。ちっちゃい頃から「走るな騒ぐな」って言われてる東京の子たちが、走れるし騒げるし、そのうえ何かやって上手かったら褒めてくれる人がいて、しかも自分たちでアイデア出してそれが形になるって、喜びしかないよ。でも、「面白くない」って厳しいことも言われるじゃん。振り絞ったものがちゃんとジャッジされてる感じ? そういう、投げて打ち返される場で、捨て身で飛び込む瞬間があるんだよね、演劇は。あの捨て身の瞬間をどこかで知らないと、世の中で立てなくなる気がしてるんですよ。どうせ体験するならここでおやり! 俺たちけっこう受け止める覚悟あるぞ!(笑)


藤原 やっぱり手を動かさないとね……。煮詰まって考える時間も大事だけど、やっぱり手や足を使ってこねくりまわしていく中でうわーって生まれてくるイメージもあるから。そこが演劇ワークショップの面白さでもあるなって、今日、中学生たちが自分たちで発案してシーンつくってくの見てて思いました。あとですね、誰か傑出した子だけがすごい、って話にならない場なのがいいと思うんです。エリート主義とか競争原理で動いてない。かといって全員が桃太郎やシンデレラの役をやるような悪しき平等主義でもない。役割分担も、その場でぶつかって話し合っていく感じがあって、ああこれは醍醐味(だいごみ)だなって思いますよ。


柏木 短時間だとあまり達成できないんですけど、今回は七日あった。でも、ちっとも贅沢じゃないとも思うんですね。これくらいの期間があって初めて、何か見えて来るものがある気がする。もちろん入口として短期間のワークショップがあるのは全然いいけど、それがメインではないなって。


藤原 やっぱり「演劇部」になってるから蓄積もあるし、けっこうこの活動が継続されてるのは画期的なんじゃないですか。

 さっき、お祭りとコミュニティの話がありましたよね。今、残ってたとしても、そういう意味で機能してるお祭りってないんじゃないかと思うんですよね。お祭りって前近代的なところがあるし。近代以降の人間にとってのコミュニティを、お祭りで復活させるのはちょっと厳しいかもしれない。というのは、その「伝統」から排除される人が当然いるわけですよ。でも演劇ワークショップにはマッチョな排除の論理はないし、「みんなで盛り上がろう!」とかではなくて、ひとりひとりの孤独をキープできる気がするんですよね。みんなで一緒に何かをつくることはするけど、その人がその人自身であることは尊重されると思う。それは中学生もよくわかってるんだな、とひしひし感じます。何日か前のこのレポートで柏木さんも語ってらっしゃったように、劇場がやらないでどこがやる、ということ。世田谷パブリックシアターはその面でかなり先進的じゃないかと思ってます。どんなに建物として立派な劇場でも、人がいないと……。


柏木 人ですよね。


藤原 現場の経験と、劇場でやることの意義や理念を積みあげていくのはやっぱり人だし、周辺地域のいろんな人との関係も生まれていくし。批評はやっぱり作品や作家至上主義がベースになっちゃってるし、ジャーナリズムも制度の問題を取り上げはするけど、そこにいる人や理念にフォーカスする言葉が少なかったと思うんですね。きちんと議論の俎上(そじょう)に乗っていなかった。「キャロマグ」もそうですけど、これを機に言葉にしていきたいですね。……あ、時間なのでこのへんで。今回はワークショップに呼んでくださってありがとうございました。










(司会:落 雅季子 2015.04.03)

https://bricolaq.hatenadiary.org/entry/20150403/p1

2015-04-02 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(5日目)

進行役のひとり藤原ちからがホワイトボードに「批評 ― 愛と距離」と書いたのは、批評の対象は作品作家観客世の中種々様々なものが考えられるし、もしかすると演劇芸術アートそのものが対象かもしれない、しかしいずれにしてもそこからは距離を取らねばならない、距離を取ることができなければ愛に足を取られて倒れることになるであろう、ジョン・ケージにも宮武外骨にもそうした愛と距離の二つがあったのだ、批評はまず咀嚼から始まるのであり、観た作品に対してどう投げ返すか、要約や再現ではなく批評だ、ここは演劇部批評課なのだ、さあ思い出せ、今一度その方法や姿勢を各自で考えよ、と言わんがためではないかと思うが、兎にも角にもその前のめりでやや上滑りともいえる圧力で中学生たちはぱんぱんにふくらんで帰って行き、やっと静かになった、かと思いきや、そのあと始まった大人たちの振り返りの会でも彼の勢いはとどまることなく、中学生とやろうとなった時におっさんこと柏木さんと話したのは、体系を教えるのではなくまず無手活流でやってみることを大切にしようということで、今日まではなるべくこっちの意見を言わずに来た、しかし今日のいくつかのことに関しては一方的でもいいから批評家としての自分の姿勢を伝えたい、でもただ技術を教えるつもりはないし上手にやることにも興味はない、失敗のありえない場所に何の魅力があるのだろうか、必要なのはトライアンドエラーだ、自由にやっていいのだ、たとえば二日目にいろんな作家の文体を選んで持ってきて見せた中にもいわゆる“批評家”の文章はひとつも入れていない、ああ浅田彰の『逃走論』の冒頭は入れたけどあれは逃げろや逃げろの言葉が単に面白かったからで、これが批評、みたいな先入観はないほうがいいだろう、だって既存の批評家のエピゴーネン、つまり二番煎じですね、を育てるつもりは毛頭ないのだし、何がどう花咲くかなんてすぐにはわからないのだからと一気にまくしたて、それまで静かに聴いていたおっさんもたぶんそれにある程度同意したのだろう、「五年殺し、七年殺しですからね」とにやりと笑って言ったのだった。


(2015.04.02)

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2015-04-01 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(4日目)

午前中に、ふたり一組でインタビューの練習したじゃん。その時にわたしはお兄ちゃんと一緒になって、そう、初日にわたしが名前間違っちゃった子。や、もう間違えないよ、弟くんのほうとは今日最初にじゃんけんエクササイズもやったし、仲良しだよ。そう、で、お兄ちゃんから「普段はどんな仕事してるんですか?」って訊かれたから、最近まで実は会社員だったって答えたの。システムエンジニアしてたんだよ、って。でも、「システムエンジニア」っていう職業が何だかわかんないみたいだった(笑)。しょうがないよね、わたしも説明しようとして「銀行のATMの画面とかあるじゃない、ああいう仕組みをね、プログラム書いてつくってるような仕事」って言ったんだけど、考えてみたら中学生って銀行からお金下ろすようなことってたぶんほとんどないから、きっとわかんなかったよね……。で、会社員やめたって話をした時に「お母さんは反対しなかったんですか?」って今度は訊かれたから、おお、“お母さん”か……と思って。幸い親の反対はなく仕事やめたんだけど、中学生くらいだと親の同意がないと人生決めにくいよなーって、またしてもしみじみしちゃった。そうそう、おもしろかったのがね、夕方、ヨウコさんにインタビューし終わったあとに、ヨウコさんから中学生たちに逆に質問タイムになって。「どうして演劇ワークショップに来てるの?」「好きだから!」「これからも演劇続けるの?」「はい!」って、すっごい目がキラキラし始めて。インタビューで疲れてたとこから一気に元気になった(笑)。この子たち自分のことたくさん喋りたいし、ちゃんと喋れるんだなーって思ったの。わたしは人に自分の話はほとんどしないからさ。みんなの話聴くばっかり。だから今日、お兄ちゃんと組んでインタビュー練習する時に、久しぶりに自分のこと喋ったなあ……。人の話を聴くのは得意だよ。そういうの前は好きなんだと思ってたんだけど、好きなだけじゃなくて得意だからやれてるのかなって最近は思うね、ってそういえばヨウコさんも言ってたよね。うーん…………自分のこと、やっぱりあんまり喋りたいとは思わないかなあ…………いくら訊かれても、ねえ。なんか、喋りたくないことっていうか、それこそ墓場まで持って行くような秘密っていうの、ありすぎるから。










(2015.04.01)

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2015-03-31 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(3日目)

 ― 柏木陽さんが、中学生批評ワークショップをやりたいと思ったのはなぜですか?


柏木 世田谷パブリックシアター演劇部の中学生の子たちを見ていて、たとえば誰かの発表を見てフィードバックする時に、返す「手」が足りないなあとずっと思ってて。見たものに対する印象を言おうとすると、すごく当たり障りないか、めっちゃキツくなるかしちゃう。それで批評をやっている藤原ちからさんにお願いしてみたんです。意外と、僕がワークショップやる時とアプローチが変わらないなと思いましたね。


― ここまでのワークショップ前半日程では、いろんな作家の文章を声に出してみたり、国語辞典を使って遊んだり、とにかくたくさんの文体とボキャブラリーに触れましたね。


柏木 あれぐらいの年齢の子たちに、ゆくゆく役立つことを手に入れてもらおうと思うと、まずはいろいろ知っていく方向になるのかな。子供たちも、わりと恐れずに思ったことを喋るようになってきて、いつもうるさいけど、いつもよりうるさいかもしれない(笑)。


― 今日子供たちが、互いの『地域の物語』感想文を交換して朗読しあった時に、ある子が「ごめんね、これはちょっと自分の考えと違ったんだけど……」って、書いた本人に直接伝えたスリリングな瞬間がありましたよね。そういう時に、柏木さんは何を思ってるんですか。


柏木 「おっとスリリングだぜいッ♪」と思いつつ(笑)、修復できないことはやつらも言わないと思う。と言いつつ、もしもちょっと配慮に欠ける言葉が出てきたら、「意図してるようには伝わってないよ」って打ち返さなきゃいけないと思ってるけど。でも、基本的には「いいんじゃない? 行け行け!」って言い続けられる場であるといいですよね。


― ワークショップを通して、この年代の子に期待したいことって何ですか?


柏木 ……「背伸び」、かなあ。ひとりでパブリックシアターまで来ることとか、今日はキャロットタワーの奥の扉にまで入ってもいい日、とか。そういう背伸び感。それは行動圏だけじゃなくて、内容とか取り組み方に関しても。


― どうして「背伸び」をした方がいい?


柏木 子供って、安全を守られてると思うんです。だけど「ここから行くとまずいかな?」とか「これ言って大丈夫かな?」って逡巡する時間を持てないでいくと、本当に良くないと思うんです。ワークショップの中でも、いつでも何でもこなせる全能感に満ちているんじゃなくて「今日はこれだけ準備して来たけど、うまくいかなかった」ってことがあってもいいし、「だけど面白い!」って思えてれば、次もトライできる。その子なりの背伸びが出来る環境づくりを、劇場がやらなくてどこがやる? って思うんですね。


― 柏木さんが中学生の時はどうでした?


柏木 僕が中学生の時は……背伸びしてないですね(笑)。中学生の時に無理矢理親父に、川端康成『雪国』、三島由紀夫『潮騒』、太宰治『人間失格』の日本文学三点セットを渡されて。で、『人間失格』読んでガーンってなってた暗い中学時代だった。高校になって演劇部入ったんだけど、最初体験入部でやめようと思ってたのね。でもやたら構ってくる先輩がいて、僕が二年になった時に「何であの時引き止めたんですか?」って聞いたら、「お前さぁ、そのままほっといたら人殺しそうな顔してたんだもん」って言われて、そんな感じだったんだー? って(笑)。全国大会に行くような演劇部だったんで、背伸び感を持ったのは高校になってからかな。いきなり大阪まで行けとか、この舞台セットつくれとか言われたりね。だけど嫌じゃなかったし、そこで鍛えられたなーって思うと、背伸び感はどこかで要るかなと。大学に入ってから、当時教えに来てた如月小春(故人)に出会って、卒業後にアジア女性演劇会議(※1)の一回目を手伝いに行ってそのままNOISE(※2)入って。アジア女性演劇会議も、自分にとってはすごい背伸びだったな。


― 柏木さんの演劇史は、背伸び史でもあるわけですね。


柏木 そうですね、背伸び史です


― 初日に観劇した『地域の物語』に応答する何らかのものを、これからつくっていきますね。ワークショップ最終日には、それを『地域の物語』参加者の方々に観ていただくわけですが、中学生たちがどんなことを彼らに返せたらいいと思いますか?


柏木 直截な言葉とか行為を返せるといい。自分たちに起きた変化とか、おそろしいとか気持ち悪いと感じたこととか。こういうものを受け取ってますけど、そうじゃなかったら言ってくださいねっていう、応答の場にできたらいいですね。


※1 劇作家・演出家の故・如月小春氏、故・岸田理生氏を中心に、1992年に発足した組織。

※2 如月小春氏の主宰していた劇団。








(2015.03.27)

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2015-03-26 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(2日目)

  三日間の休暇のあと、あなたは再びワークショップにやってきた。あたらしく知り合った人々とは自然に言葉をかわせるようになっただろうか? 同じ演劇部の仲間と手をつないだり、名前を呼びあったりすることに、少しは慣れただろうか?

 さて、男が紙の束を取り出す。裏返された31枚の紙から、あなたは1枚を無作為に選ぶ。引いたら表に返す。堀江敏幸、須賀敦子、中上健次、カポーティ、ドストエフスキー、エトセトラ。ひとりで声に出して読んでから、この文章を書いた「作家の身体」を思い浮かべる。たとえば、引きあてた文章があなたの身体になじまないとして、あなたは口の中でモゴモゴと消化不良の言葉と格闘し、何でこんなの引いちゃったんだろうと考える。

 次にあなたは、先ほどの31枚の紙を読み比べ、好きなものを選ぶ。岡田利規、山田詠美、保坂和志、川上弘美、サガン、エトセトラ。また声に出して読んでみる。何度でも声に出す。「作家の身体」のほかに、「翻訳者の身体」「登場人物の身体」、それを読む「自分の身体」などが見えてくる。その複数の「身体」を感じてあなたは少し混乱する。 

 あなたはさらに、文章の骨と肉を切り離したり、よく噛んだり吐き出したり、また口に入れたりする。その正体をつかもうとする。わかりかけた気がする。しかしそれと同時に、それまでまとまって見えていたはずの文章が、ちぎれて意味をなさなくなっていく。声に出して読めば読むほど、文章があなたから遠ざかっていくような気さえする。

 さんざん味わったところで、あなたに残るのはわずかな養分でしかない。自分の文体を見つけるには、もっともっと多くのものを読んで、書いて、飲みこむ必要がある。もちろん時間はかかるけれど、あきらめることはない。少なくともあなたは今日、世界に数多(あまた)あふれる言葉たちへの入口には立ったのだから。








(2015.03.26)

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2015-03-23 世田谷パブリックシアター演劇部 批評課(1日目)

 午後2時25分、三軒茶屋の商店街を、中学生たちと歩く。ワークショップ会場の小学校から、徒歩で10分ほどの劇場に行き、これから、とある演劇を観るのだ。少女たちはおしゃべりしているので歩みが遅い。私は、先ほど一生懸命覚えたみんなの名前を、心の中でひとりひとり反芻しながら彼女たちを追い抜いて、先頭をすたすた歩く少年に何となくついていった。

 商店街は道幅が狭いわりに店が密集しており、自転車がよく行き交う。「自転車多いね」と話しかけると、彼は小さく「はい」と言った。もっと話そうと思って「えっと、お兄ちゃんの方だよね」と訊ねると「いいえ弟です」と否定された。彼は、兄といっしょに参加しているのだ。上着を着て服の色が変わったので間違えてしまった。あさはかである。「よく似てると言われます」と、少年は控えめに私をフォローした。

 商店街は246に突き当たった。横断歩道の信号を待ちながら中学生たちの、まだ幼さの残る横顔を見る。倍以上も長く生き、演劇の世界に少なからず身をひたしている私は、「音楽の盛り上がり」「照明の彩り」「俳優の叙情」「脚本の言葉」など、何の要素に感動(あるいは興ざめ)しているのか考え、引き裂かれながら演劇を観ることにもう慣れている。分解によって感動の大きさが損なわれることはない。解像度を上げることで、人の心を動かす演劇の正体を見きわめる。これは年の功であろう。

 さっきのレクチャーで見た、長嶋監督とか淀川長治のダイジェスト映像だってそうだ。野球や映画への愛の深さゆえに、少し滑稽にすら見えてしまう彼らの「批評」の言葉を、中学生たちはどう受け止めたのだろう。あの語り口が、長年の愛の蓄積から溢れでたものだということに気づいただろうか? この世に生まれてまだ10数年。堆積のわずかな中学生たちの地層は、しかし、ふかふかしてやわらかそうでもある。

 そのやわらかな身体に、ワークショップで示された「演劇の要素を分解して観てみよう」という鑑賞方法はどう染みこむのか。満席のシアタートラム、『地域の物語2015 あっちはこっち、こっちはあっち 〜介助・介護をかんがえる』。中学生たちは立ち見席にぞろぞろ案内されてゆく。その様子を視界の端っこに見ながら私は、いや、まあとにかく、次は間違えずに兄と弟の名を呼ぶのだ、と決意して開演を待っていた。








(2015.03.22)

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SPAC「ふじのくに⇄せかい演劇祭」プレス発表会 2015.03.16

 SPAC-静岡県舞台芸術センターでは、今年もゴールデンウィークに「ふじのくに⇄せかい演劇祭」が行われる。今回、SPACの新作として発表される『メフィストと呼ばれた男』(Mefisto For Ever)はベルギーの劇作家トム・ラノワが、ナチス政権支配下にあった当時のドイツの公立劇場を舞台に書いた戯曲である。

 なぜ今、この戯曲を上演するのかということについて、SPAC芸術総監督・宮城聰は語った。

「日本が戦争をする国に近づいている状況にあって、公立劇場はこういう時に何ができるか? その時の参考例が1930〜40年代のドイツになる。僕ひとりでは到底答えの出ない問題だが、この作品を上演することで日本の公立劇場で仕事をする俳優やスタッフたちが戦前のことを考えるきっかけになり、そこから連帯が生まれていけばと切実に願っている」

 この言葉だけでも、宮城が、かつてない危機感を持っていることが見て取れる。彼は『メフィストと呼ばれた男』を、あえて“リアリズム的に”演出すると言った。その意図をたずねる会場からの質問に、宮城はこう答えた。

「物事を考えるヒントとしては“メタファー”や“普遍化”は手法として使えないんじゃないかと思って。1932年のベルリンの公立劇場に、今自分がスタッフ、俳優、演出家としてその場にいたらどうだろうかという、particularな(=特有の)状況に自分を置いて考えてほしいし、僕も考えている。そうした仲間を少しでも増やしたくて、そのためにはいっさい抽象化が出来ないと思ったんですね」

 会見には『例えば朝9時には誰がルーム51の角を曲がってくるかを知っていたとする』を共同演出する西尾佳織(鳥公園)、鈴木一郎太((株)大と小とレフ)も登壇していた。彼らの作品紹介に際して宮城は、(劇団としての)SPACが地域の劇場に行った時に「演劇は敷居が高い」と言われた経験を振り返りながらコメントした。

「戦前のドイツでは、演劇は教養の高い、いわば社会の上澄みの人々のもので、静岡に来て初めて『演劇は敷居が高い』という言葉を聞いた時に、そのドイツの話が遠いものではないと感じた。これまで“民衆的”という言葉は僕にとってあまりいい印象がなかったけれども、戦前のドイツを思わせる気分が蔓延してくる中で、今あらためて“民衆的な表現”が何なのかを考えずにはいられない。ファシズムの中では常に“民衆的な表現”であることが正しいとされ、そうではないものが弾圧されて多様性が失われていく。SPACで“民衆的な表現”をやれていると胸をはって言えなければ、われわれはやがて戦前のドイツの劇場のように追いやられてしまう。もちろん、世の中の過半数の価値観を追認することが“民衆的”なのではない。では何が? と問い続けること。この作品(『例えば朝9時には〜』)が、僕にとってそういう刺激になってくれることを期待している」

 『例えば朝9時には〜』は静岡市駿河区の池田地区周辺を歩いてめぐる形式の演劇作品である。上演中に、町の人と出会うことも、当然あるだろう。演劇は本当に敷居が高いものなのか、どんな演劇を上演すれば人々のよりよい生活の役に立てるのか、そもそもそんな必要が本当にあるのか、考えればきりがない。私自身も、町を舞台に遊歩型ツアーパフォーマンス『演劇クエスト』をつくる者として悩んだことは幾度もあったし、これからも試行錯誤は続いていくことを覚悟している。だからこそ、今作へのこの宮城のコメントには勇気づけられた。

 『演劇クエスト』は、リサーチとして町を何度も訪ね、時間を過ごした上でつくっている。銭湯に立ち寄っておばさんたちのおしゃべりに耳をそばだててみたり、立ち飲み屋で常連客同士のやりとりを眺めてみたり、と思っていたら急に話しかけられて面くらったりする。町の人々の生きている時間の奥ゆきを、作品の遥かかなたに感じさせるようなものでありたいと、いつも考えながら『演劇クエスト』をつくる。西尾佳織は、『例えば朝9時には〜』について「観て、感じたり考えたりするんだけど、“追いつかなさ”ということも同時にやりたい。作品を体験したところで追いつけないものが、人が生きてる時間にはあるなあって。そこに入っていけないと意味がないなあと(鈴木さんたちと)話している」と語った。まだ見ぬ池田地区を歩くことが、今から本当に楽しみになる一言だった。

 会見の全般にわたり、宮城が現在の日本の政治情勢への危機感を持ち、それに対する演劇にたずさわる人との連帯を模索している様子が印象的だった。何が起きてもふてぶてしくすり抜け、ごまかす権力者に私たちは慣れかけている。怒りや危機感を表明することが、急速にむなしくなっている状況で、終わりのない問いを考え続ける姿勢自体が、すでに難しいものになってしまっている。そうしたむなしさの嵐に飲み込まれ、あきらめてしまわないための一つのよりどころに、今年のふじのくに⇄せかい演劇祭はきっとなるだろう。

(落 雅季子)


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2020年3月15日日曜日

恋愛問題集(酸いも甘いも大人のたしなみ編)

問1
恋人を信用することと信頼することの違いについて、具体例を用いて説明せよ。

問2
「あなたのことが好き」という文章と同じ意味のものを選べ。
1.こっちに来ないで。
2.あっちに行って。
3.もう嫌い。

問3
いちばん美しい愛の終わりの言葉は次のうちどれか。
1.今まで本当にありがとう
2.これからも友だちでいよう
3.二度と会わないようにしよう

次のうち、人生で避けるべきものはどれか。
1.罪な男
2.危ない橋
3.ずるい女

次のうち、自分自身で選べるものはどれか。
恋の終わり
恋の始まり
結婚相手

あなたの心に響くものは次のうちどちらか
自分を好きでいてくれる人の優しい言葉
恋した相手のそっけない一言

問4
次の英文を日本語に訳せ。
Love is not enough.
1.十分に愛されていない。
2.愛は十分足りている。
3.愛だけでは十分ではない。