2015年12月29日火曜日

しずかな気持ち

夢。病気の検診で病院に行ったのに、子どもがいますね、と医者は言った。私の腫瘍はどうなっているのか、あんなに大きい腫瘍があるのに子どもなんて産めるのか、つい最近も痛んでいたのに、とまず思った。特に「困った」とは思わなかった。10か月後に産まれてしまうから、いろいろ急がなければなあ、それにしても最近生理来たばっかりなのにどうしてかなあ、とは考えた。エコーの写真を見せてください、と医者に頼んで、プリントしたものをもらった。母や男や、いろんな人の顔を思い浮かべてから、誰にも言わずに一晩考えようと思って、しずかな気持ちで歩き出した。夢。

2015年12月23日水曜日

こわいもの

片手ですくうように抱けるほどの仔犬を見て、殺してしまったらどうしようと思う。あまりに可愛く小さいのが恐ろしい。もちろん、全然、ぜったい殺したくない。大切に大切に育てたい。でも、ああかわいい、と口にした途端、踏みつぶしたり蹴ったりしてしまいそうだ、という気持ちがすぐ後を追いかける波のようにやってくる。怖い、怖い、と思いながら抱く。くろくとがったうぶげ、しろくてやわらかい腹、その下にあるほそい骨、1分間に200回のみゃくはく、ぜんぶをゆだねるように甘えて跳びはねる、こいぬ。ごはんをあげようとすると、よろこびのあまり立ちあがってバランスをくずし、背中からのけぞってころぶ、こいぬ。

一緒にいても人は孤独なものさ、と言う人がいる。それを了解しあった者同士なら、もしかしたら一緒にいて孤独でもましなのかもしれない。これは例のあれなんだ、人は誰と一緒にいても寂しい時があって、今がその時なんだって、お互いわかることができるだろう。孤独なのが人の真理だとして、そういう孤独すら味わってほしくないほど愛していると、今わかったところでどうにもならない。

2015年12月22日火曜日

褥瘡

薬で眠った夜の翌朝は、しゃっくりが出る。頭を振って起き上がり、のど元で鳴るまぬけな音を聞く。口を濯いで顔をあらって、冷凍庫からチョコレートミントバーを取り出す頃には、もう止まっている。

早足で追いかける。どうして並んで歩くことができなくなったのか今もわからない。後ろ姿を追って泣く。幸せにできなくてごめんなさい、と思う。幸せに、なんて傲慢さを押し付けたいくらい、あなたのことを好きだった。私のせいで嫌な思いをしないでほしいと思っていた。私の体のほとんどがあなたを愛しているけど、私の心の、あなたと重ならないほんの少しの部分が、私の半身を腐らせる。大丈夫、ほんの少しのはずだから、と思っていたのだ。腐るのは私だけなんだから、とも。

2015年12月21日月曜日

言葉のセンス

昔は、嫌なことがあると自分で髪を切っていた。うしろがわの髪の束を、ほんの少し。あるいは、前髪をばっさり。痛くはない。寂しいだけ。吐くよりはまし、何も無駄にはならないから。愛する人が思うように愛してくれないのは昔から。

考えの痕跡を知りたいから、人の書いたものは何でも読む。中でも、好きな人の書いたプログラム設計書がいちばん好きだった。好きな人の書く文章を読むのは怖い。好きな人の文章を読みたくないから、プログラム設計書を書く人を好きになった。

恋愛体質と人は言うが、べつに依存しているわけでも中毒なのでもない。自分が決めた相手に、心も身体も全部ひらいて委ねることができるだけだ。逆上がりと同じで、できる人には何という事もないが、できない人には絶対できない。

2015年12月20日日曜日

夜の電話

こんな時間に電話かけてくるのは君だけよ、と言いながら久しぶりの煙草に火をつける。君の言葉に耳を傾け、世界でいちばんドラマティックな愛の告白があるとしたら、きっとこういうのではないかしら、と思う。

君からの電話は二度と取らない。僕のひそかな決意は伝わらない。そう決めた時には、君と話す機会は永遠に失われた後だから。君の人生の中で、僕はいつでも都合よく呼び出せるおまけみたいなものだった。おまけから無視されることがあるなんて、軽く見ていた男が自分を救ってくれなくなることがあるなんて、君はびっくりしたかもしれないね。まあ、君ももう僕を忘れているとは思うけど、君のことを執念深く覚えてる女がいるから、彼女には気をつけたほうがいいな。

本当に、重要な時は絶対に電話を取るからね。私を信じて、掛けてきて。

どんなに君が途方に暮れても、君と話すことはもうないよ。そのことはとても残念なことだし、大きな損失かもしれない。でも僕はもう何とも思ってないし、何も感じることがない。

2015年12月3日木曜日

メフィストフェレス

夜には悪魔がやってくる。うとうとして、ほんのわずかの合間にも。悪魔は、横断歩道の向こう、立ちすくんで声の出ない私を見捨てる。悪魔は私に隠しごとをして、ほかの女を家に泊める。悪魔は私の顔を見て、肌が黄色いから可愛くないと言う。思わず大きな声を上げて目を覚まし、こんなことがあった、とわあわあ泣くと、男は、それはぼくじゃないよ悪魔だよ、と言いながら私の背中をさすってくれて、そうか、そうか、悪魔なんだ、顔は似ているけれどこの人じゃないんだ、と思って今度こそ安心できたか、に、見えたけれど悪魔はきっとまた現れる。私の押し殺したコンプレックスと、嫉妬、衝動のぜんぶを引きずり出し、私を痛めつけるために。