2021年9月12日日曜日

情景とストーリー(2021.08.29)

青木さんはなぜ今、車の免許を取ろうとしているのだろうと思う。機会を逸し続けて今決意したのか、何らか必要に迫られているのか。ともかく青木さんは学科教習のあと(おそらく食事の時間を挟んで)第一回目のリハーサルとなるスタジオにやってきた。マーチに向けた資料、音源を放り込むGoogleドライブもでき、私はそれらをのぞき込みながら創作の準備段階のスープのようなものの匂いをかいでいる。

青木さんと宮永氏は先日おこなわれていたフジロックフェスティバルの配信について盛り上がっていた。「三日三晩YouTubeを付けっぱなしにしていた」と熱く語る青木さんの言葉を、後日友だちのフジロック愛好家に話したところ「や、フジロッカーみんなそんなもんやったよ」と返ってきたのでやはりそういう熱量が音楽人にはあるのだと思う。私自身はオリンピックも世界バレエフェスティバルも、なぜ能天気に楽しめる人がいるのかわからなくなっていて、というか楽しんでいいのか、どう振る舞っていいのかまったくわからずに、この時期は硬直していた。前述のフジロック愛好家は「わかる。配慮しきった人が軒並み今崩れてんねや。年末年始もゴールデンウイークもオリンピックのときも、ずっとずっと黙っとったアーティストが、フジロック開催で崩れたのをわたしは見た」と言っていて、その会話を交わしたはこのリハの日よりあとのことだったから、つまり8月29日時点では私はまだもやもやを抱えていて、でも青木さんと宮永氏がフェスティバルを楽しんだ様子を知ることができて、ひとりだけの霧が少し晴れた。東京パラリンピック開会式も同月24日におこなわれていて、ウォーリー木下さんとか蓮沼執太さんとか、見知った顔が並んでいたので少しリラックスしてそれについて宮永氏と話すこともできた。

さて練習である。今泉仁誠さんのつくった合唱曲「オリーブ」を歌うことになっているので、パートに分かれて音程を取ってみる。女子高だったころの音楽の授業しか経験のない私には、混声合唱が初めてだ。パウンチホイールは高校の合唱部が母体になっているバンドなので合唱には強い。「オリーブ」の伴奏ピアノは和音とアルペジオの組合せが浜に寄せる波を思わせる。

私は、坂手に住むある夫婦のことを歌にしたいと申し出て快諾してもらったのでそれを練ることにして、そのあとは街の紹介ラップづくりのためにホワイトボードに案を出しあう若人たちを見ていた。今夏のみなとまつりを訪れたこゆっきー主導で、島の新鮮な印象が次々語られるのがまぶしかった。

まだ上演の全貌は固まらず、ストックの曲やレパートリーをさらったりもする。神戸港と坂手港を結ぶフェリーの中で流れる「二人を結ぶジャンボフェリー」を初めて聞いたときはなかなか衝撃を受けたものだったと思い返す。海で隔てられた遠距離恋愛を描いた歌謡曲だが、瀬戸内海の穏やかな雰囲気と相まって知らないうちに忘れがたいものとなってしまう名曲である。しばらくは歌が流れ始めるとすぐに下船準備をしたものだったが、慣れてからは、早く列に並んでもしょうがないし、港に船を舫うまでには時間があるからワンコーラスほどは聞き流すようになった。私は夜行便で早朝に坂手に着くスケジュールが多いから、この歌を聞くと否が応でも目を覚まさねばという気になる。

ちょうど10年前、『わが星』を成功させて『朝がある』を生み出す手前だった、ままごと主宰の柴幸男にインタビューしたことがある。同人誌向けのインタビューで今は私の手元にしかない冊子だがそこで彼はこう語っている。「やっぱり死ぬこと、生まれることのどっちかだったら感動する。両方体験したことある人いないんで。だからちょっとでも動くと、感傷に引き寄せられちゃうんですね。いて、いなくなると人は"いなくなった"ことに感動できるんですよ。」その言葉は折に触れて思い出している。訪れる。また離れる。別れがもたらす時間の有限性に感動する。でも島には、そこで生まれて生きて死ぬ人がいる。その何にも起こらない様子を、私は書き留めたい。一瞬のきらめきを、肌寒さを、通り雨を閉じ込めて、時間が流れなくても感動したい、のかもしれない。

始動(2021.8.15)

9日にグループラインが早くも整備されてしばらく経っていたが、今日、まとめ係を担当することになったほんなつから全員向けにやりたいことを募るメッセージが来た。26歳を昨日迎えた、とメッセージの余白に書いてあってそれで私も自分の26歳のころのことを思い出してみた。しかし12年前の自分はシステムエンジニアの業務に追われすぎて、いったん体内ミトコンドリアが崩壊するがごとく演劇創作から遠くなり、ようやっとフィクションの文章や人に読ませる観劇記録を細々書く覚悟を決めたというかその業から一生逃れられぬことに悠長に絶望していた頃だったので、めぐまれた早熟の才というものは見ていてとてもすがすがしい心地がする。

青木さんは、2014年に小豆島・坂手で上演されたおさんぽ演劇『やねにねこ』の余韻を今も胸に熱く持っていて、その主題歌を作りたいと言っていた。初期衝動をそのかたちのまま持ち続けるのは青木さんの素晴らしい美徳である。たいていは時の風に吹かれてさらさらなくなったり、自我が邪魔をして姿を変えたりしてしまうものだから。

それで18日の夜、zoomで顔合わせをすることになった。「夕飯を食べてから20時スタート」という青木さんの言葉で、青木さんは食事をとても大事にしているんだなあと思う。この言い回しはあとあとも使われ、前述の仮説を補強していくことになる。そういえば4月に下北沢のスタジオでメンバーとライブのリハをしたときも、青木さんはよくラーメン屋に寄ってから来ていた。私は、食と命に頓着がないので平気で「ゼリーだけ」というカブトムシみたいな食事とか、「フライドポテトだけ」という家畜豚みたいな食事をしてしまう。生きることを大切にしたいと青木さんにはよく思わされる。

打合せにはこゆっきー(パウンチホイール)を除くメンバーが参加し、9月末に島に滞在する予定を確認したり、宿泊場所の手配などを検討したりした。既存の曲と、あらたに作りたい曲のアイデアを自由に出して、とにかく幅を広げる。宮永氏から「島で生まれ育った人と一曲作りたい」という言葉が出て、それは島の外から来て一過性の音楽を奏でて楽しい時間をつくるだけのことではないから、とても良いだろうと思った。

演劇は楽しい。音楽も楽しい。あまりにその作用が強く、あとに訪れる悲しみを忘れてしまうほどに楽しい。日常に光を当て、つかのま輝くのが嬉しくて、光の消えたあとのことまでなかなか形に残せない。私たちは旅人だ。自分たちが去ったあとにもそこで暮らす人たちに、敬意を持っていることをずっと忘れないでいてもらえる、そんな曲をつくりたい。とにかくそれだけを強く思った。あなたたちの暮らしのにぎやかしではない、どうせ自分たちのことを忘れると思われたくない、それを示した上で忘れたり忘れなかったり、変わったり変わらなかったりしたい、そういう恩返しを、したい。

その後グループラインで調整が進み、8月29日に下北沢のスタジオで一度試しにリハーサルしてみることになった。いずれも手練れの音楽家たちだ。集まれば音が生まれるだろう。

あなたもマーチに(2021.8.9)

ほんなつと映画に行った。彼女の誕生日が近かったのでアイシングクッキーをいくつかデパートの地下で買って、待ち合せの場所で待っていた。映画は中国の古い伝承をモチーフにしたもので、主演声優も主題歌もとてもよかったし、私もほんなつも満足してパンフレットを買って映画館を出た。

そのあと近くのモスバーガーで、軽い食事をした。店には映画の主題歌をうたっていたグループメンバーの等身大パネルがあって、夏のスパイシーバーガーを華麗に宣伝していた。ほほえむことなく、唇の端を引き結んだ表情で夏を熱く彩ることのできる男に私はあこがれる。

ハンバーガーを食べ終えたところで、実は小豆島に行く計画があって、とほんなつが話を切り出した。小豆島で、街にまつわる演劇と音楽のライブをする予定だという。マーチというタイトルで、彼女の所属するバンドであるところのパウンチホイールがこれまで下北沢でおこなってきたシリーズになる。2015年から断続的におこなわれていて、2017年11月24日以来、4年ぶりに創作することになったらしい。昨年から続く世界的な混乱情勢の影響で資金あれこれの都合がつき、初めて下北沢を飛び出してマーチをするのだが、わたしは小豆島に行ったことがないのです、と言うほんなつの話を聞き終わらないうちに同行やら共作やらすべてを含めて承諾していた。詳しくはいずれ書くが、ほんなつにも島にも恩がある。

パウンチホイールメンバーの青木拓磨さんと小豆島の縁は深い。2014年の「港の劇場」での音楽活動をわたしは観ていたし、その母体となった劇団ままごとの活動にその後青木さんが携わる場、たとえば横浜の象の鼻テラスにもよく居合わせた。歌う人、奏でる人のことは、演じる人のことを眺めるよりもっと遠くから、畏敬の念をもって見つめてきた。そんな彼らと私の言葉が、重なる日が来ようとは。5年前の夏に過ごした時間で得た劇団ままごとへの深い感謝はもはや私の血肉となり、それがかつて自分から切り離された恩義だったことさえもう区別がつかないほどになっている。今なら、青木さんがままごとを通して感じ取った演劇と音楽の交差する可能性を、私もすこしは理解でき、力になれるような気がする。そう思ったし、自分も島には行きたいし、ほんなつに見せたい景色はたくさんあるし、それですぐに承知したのだった。

ほんなつからはその夜「クッキーおいしかったです!」と連絡が来た。もらったクッキーをすぐに食す、彼女のそうした素直さが好ましい。もうすぐひとつ大人になる彼女の一年に、幸多からんことを。