2014年5月30日金曜日
薄いガーゼ
そう思っていたら、またしても目の回るような事態に遭遇した。やっぱりここで生きて行くのは難しい。涙は涸れたので今は流れない。
2014年5月28日水曜日
靴をなくす
明け方、一度目が覚めると気が散ってもうベッドでは眠れないので、枕を引きずってソファまで行く。ソファは硬いが、薬が残っているので起きて活動する事もままならず、仕方ないので少し目を閉じる。
2014年5月26日月曜日
最初の子ども
君はソラリス
久しぶりに飲もうと誘われたので、太陽くんと銀座に行った。太陽くんは私の職場の同期である。本が好きで、特に森博嗣と舞城王太郎が好きである事を私は知っている。私も太陽くんも、職場に他に友だちはあまりいない(たぶん)。
二人で飲み屋に行ってビールを飲んだ。最近の話をぽつぽつとして、沈黙の時間の方が時には長くなって、でもそれがいやだとは全く思わない。太陽くんはそういう友だちである。「普通の人は戻っておいでって言うだろうけど、僕は、戻りたくない場所には戻らなくていいよって言うよ」と言ってくれた。
彼は、積み重ねて何かが進歩していく事を非常に好む。今は毎日22時から23時、きっかり1時間、オンラインで英会話を勉強しているそうだ。合間にプールにも行く。上達のステップを組み立てて、ゴルフの練習もする。「出来ることなら陽には当たりたくない。窓辺に陽が射しているのを見るのは好きだけれど」と彼は言う。「名前のわりに暗い性格です」というのは、彼の自己紹介の時に用いられる印象的なフレーズだ。「どこか遠出をする事はあるの?」と訊いてみた。「どういう意味?」と訊き返されたので、「決まった行動範囲を逸脱することがあるかっていう事」と補足した。すると、普段は職場と家の往復で、休みの日も昼間はあまり家を出ない、という答えが返ってきた。私はちょっと考えて「じゃあ、7月に京急線に乗りにおいでよ」と誘ってみた。太陽くんはすぐに「行く」と言ってくれたので、夏の楽しみがまた一つ増えた。近いうちに今度は彼の出身大学がある街へ行こうという約束をして、今日は彼と別れた。
2014年5月25日日曜日
くちなし
そういう事はいちばん大事な人に言いなさいよ、と少し怒って、背中を押した。それでたぶん、勇気といくらかの理由づけを手にしたはずなので、彼は新しい一歩を踏み出すだろう。
文房具屋が好きで好きで、前を通るたびに入ってしまう。そして必ず何かを買って、散財する。昔から好きなのは便箋で、おそろいの封筒と一緒にたくさん買い集めている。手紙は好きだが、好きな男に宛てて書くのが好きなだけなので、便箋自体はあまり減らない(そういう場合、すぐに減るのもどうかと思うし) 。というわけで、お気に入りの便箋がいつまでも手元にあるので嬉しい。
2014年5月22日木曜日
立てば芍薬
芍薬の花束を買った。芍薬はよく水を吸う。二回ほど水を足してやって、今日、ぜんぶのつぼみが開いた。大輪の花々を戴いて、花瓶は今にもバランスをくずしそうだ。
2014年5月21日水曜日
夜の旅
今日の昼間は、まぶたを何度も閉じたりひらいたりしながら、窓枠に手をついて、曇った空からさす光とその下に広がる風景を眺めた。そうでない時間は、その風景の事を思い出したりして過ごした。時計を見て、時間の流れがいつもより遅いような気がして驚いたけれど、ひとりで電車に乗ったら途端に時計は急ぎ始めて、普段と同じ速さになってしまったので悲しかった。
2014年5月19日月曜日
17 for good
普段はあまり思わないが、一週間早いな、と思った。日記に書くような事はあまり起きなかった。人にもそんなに会わなかったし、家でも喋る事はないし、何より薬が効きすぎたので眠りすぎた。
2014年5月14日水曜日
気配
逃げるようにソファで眠ってしまい、明け方までそのままだった。目が覚めて、下着が苦しいので外し、しばらく横になっていたが起き上がって水を飲んだ。シャワーを浴びてからベッドに入り、そのまま昼までねむって、少しパンをたべてから夕方までまたねむった。苦しい夢を見てじっとり汗をかき、何度も目が覚めたけれど起きられなかった。階下では水道工事の音が響いており、隣人が奇声を上げて騒音に抗議していた。このマンションの住人は、どいつもこいつもおかしくて怖気がする。
重いリュックを背負っている時に風にあおられ、環状道路に落っこちそうになった。本当に危なかったのだが、もしここで死んだら、悔やまれて泣いてもらえるどころか何で死んだのかと叱られてしまうだろうから、死ななくてよかったな、と思った。
2014年5月12日月曜日
水流
2014年5月10日土曜日
Re:どうでもいい
あの夜は何となく楽しくて、ごはんをたべながら何杯か酒を飲んだ。そこでふと聞かれた質問に対し、どうでもいい事を説明するのに時間をかけてしまって息が詰まった。その瞬間、彼は言った。「まあ、どうでもいいんだけど」。その事に、存外私は傷ついた。傷つくのに、資格なんていらない。
面倒なのと、リビングに行くのが嫌だったので台所に立ったまま、茹で上がったマカロニちゃんをたべた。洗い物もすぐできるし、合理的で素晴らしい。母が見たら、お行儀が悪いからあっちに行ってたべなさいと言うだろう。でも、案外今の彼女だったら、何もかもどうでもいいから私もここでたべるわ、と言うかもしれない。立ち食い蕎麦、立ち飲み屋。共通しているのはすぐにずらかれるという事で、ここには長居しない、という意思表明をその場に入ってきた時からみんな行うことになる。
彼が「どうでもいい」と言い捨てた私の一部は、私にとってもどうでもいい。けれど簡単に処理はできない。それも含めてどうでもいいのだろうけど、つまらない何かをしゃべるのに口を使うくらいなら、私は他のことに使いたい。
マカロニちゃんは単純な味をしている。でもジャンクじゃない。パスタソースも使ってないから、油も少なくてヘルシー。余分なものだらけの人生を振り返る時には、マカロニちゃんにいてほしい。義務、思い込み、同調圧力。がんじがらめの私が自由に行き来できるのは現在と過去の間だけ。 未来なんてどうでもいい。どうでもよくないからそう強がるのだと人は言う。本当だろうか。なんて、冗談だよね、可愛い私のマカロニちゃん。 立ったままたべ終わったら、すぐ片付けて出ていかなくちゃ。
オムライスの上演のために
私にはまだやっぱりいろいろ許せない事があって、その人が好きだから許せないとか、普通に毛嫌いしているから許せない人もいるし、よく分からないから許せないという事もある。でも、これが許せるようになったらどれだけ新しい世界が広がるのだろう、と思うし、それを楽しみにしたい。きっと、新しい自由を手に入れる事になると思う。
帰り道、女の子4人で歩きながら、その夜につくってたべたおいしい食事を振り返っていた。ごはんの用意してる時、男の子はみんな写真撮ってたね。それがおもしろかったね、とある女の子は言った。私は、自分でつくった料理は撮らない。誰かが綺麗に盛りつけてしずしずと運んできてくれたものをこっそり自分のカメラに収めるのがうれしいからである。また一緒にごはんたべましょう、と言ってその日はみんなと別れた。誰かがおなかをすかせて待っていて、おいしそう、これたべていい? と言ってくれる限り、私はがんばれる。
透ける時間
ベッドの中で枕が毛布にくるまっていて、そう言えば今日はほとんど午後まで横になっていたのだと思い出した。あの状況からよく、起き上がって電車に乗ったものだ。信じがたい。
ちょっとした歯車の問題で悩むのはよくある。あれがよくなかったか、それともこれか、と思う時は、たいてい最初に思いついたあれが悪い。そういう勘は外さない。でも、その時はそれを防ぐための、小さな注意を払えないのが、私なのだ。重くのしかかって泣けもしないが、こんなに落ち込むのもおかしい。体調が優れないせいにしたい。
私が、何か物事の中心になるのは無理かもしれないな、と今夜思った。人に協力してもらう側から、うまくいかないことに自己嫌悪してしまいそうだ。もしくは、後から後から、嘆いてしまいそうである。でも「自己嫌悪がどこかにない物書きは絶対だめ」と先日TA嬢が力強く言っていたから、それはもう逆に、喜ばしいと思い込んで精進する。もしくは、こんな弱気も何かの発作と思うしかない。
過ごした時間は空気になって身体ににじむという、当たり前のことを感じている。私の肌に透ける時間はあなただけじゃなく、他の人にも見えるのだろう。
2014年5月8日木曜日
2014年5月7日水曜日
くだらない
決断を迫ってはだめよ、と数日前私はある人にアドバイスしたばかりだった。「いつでも連絡してこい」というのではなく「今日会える?」と訊かれた方が返事をしやすい。かといって「俺かあいつかどちらかを取れ」と迫るのではなく「どんな事があっても側にいる」と伝える。いささか綺麗事すぎるかな、とも思ったけれど、恋愛相談は持ち込んできた人が元気になればいいのであって、何が起きるかなんてそこから先は誰にもわからない。本当に、わからない。
MN嬢、TA嬢との読書会にて、谷崎潤一郎の『痴人の愛』をテーマに話した。この物語そのものが、男の壮大なるプレイなのかどうか、というところに議論はたどり着いた。自己の輪郭を語りに溶かしながら、男は何を思っていたのだろうか。「何がしたいかわからない」という言葉は、この小説の男と女にも当てはまる。しかし私に言わせれば「何がしたいかわからない」人々は、「したい事」はなくても「したくない事」はあるのだ。小説の男は、女に逃げられたくなかったという一点に尽きる。私はたぶん、誰にも嫌な思いをさせたくないのだと思うが、そういう気持ちが誰かに嫌な思いをさせる事は、10年前から知っているのでもうどうにもならない。
2014年5月6日火曜日
無駄な情
世の中には無駄な情が多すぎる、という言葉について、こんこんと湧く泉を胸の中に持っている人ほど自分の情の深さに嫌気がさしたりするものなので、私は大して感銘を受けなかった。
2014年5月4日日曜日
ゆりかごと墓場
あのへんに長く住もうという人はもういないでしょう。最近は地震も少ないし、ここは内陸だから、海沿いの辺りとも違って安心だ。家と墓を買うには打ってつけですよ、と老人は言った。私は、え、でもそんなこと言ったって、と思いながらどうする事もできずにいたけれど、しばらくしてから老人は、今日は楽しかったですね、今度は海沿いに魚を食べにいきましょう、と私を誘ったので、思わず耳を疑った。
2014年5月3日土曜日
手負いの獣
深追いという言葉が好き、と言った私に彼女はその時「でも深追いって、その言葉を使う時にはもうすでにしてしまってる事が多いよね」と言った。同様の言葉に「抜け駆け」があるな、という事には昨日気づいた。
2014年5月2日金曜日
別室にて
毎夜毎夜、人を残して床を出る。眠くなるまで眠らないと決める事にも勇気が要る。冷蔵庫をあけて作業をし、翌朝に備える。端から見たらかなり改善はした。しかし真夜中になると、失望と疲労が募る。まだ2:48だ。日の出までは遠い。