鍼灸院に行った。文章を書きたいという欲望にめぐりあっていなければ、私は漢方医か鍼灸師になりたい人生かもしれなかったと思うくらい、東洋医学には憧憬をよせている。院長は私の顔色を見て、首から肩から順に診断してゆき、肌の上から子宮に触れて「わ、硬い、これはよくないな」とひとり言を言った。「鬱だった時の体の疲れが取れてないんだよ。でも大丈夫、治してあげるから」と言ってくれて、私は涙ぐんだ。院長は忙しくカーテンで仕切られた患者たちの間を行き来して、触れた瞬間に判断をくだし、適切な処理をほかの鍼灸師たちに命じていく。
「先生、こんなに体の事わかるなら人の心もわかるでしょう」と、カーテンの向こうで女が言うのが聞こえた。「わかりすぎてねえ、嘘つきたくなっちゃうくらいよ」と院長は答えた。「言いたいことをね、いつも100秒くらい我慢するの。わかりすぎちゃうから。で、100秒我慢してるとトロいって言われるんだよなあ」と、おおどかに笑う彼を、私は信頼した。院長は私の首に長年巣くう、悪魔、いや大閻魔のような血のかたまりを瞬時に探り当て、鍼を突き刺し、脳天まで響くような施術をおこなった。すばらしい手際だった。その日は一日体が熱くてねむくてたまらず、翌日は鈍重な頭痛にさいなまれたが、昼過ぎからふと頭痛が去って、体が軽くなった。ここには、しばらく通うことにする。
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