2014年5月12日月曜日
水流
する事がないので、浴槽の栓を抜いて水が全部流れてしまうまでずっと見ていた。目の形がすっかり変わってしまうまで泣いて、人前に出られないと思いながらも出かけなければならず、頭痛をこらえて歩いた。お願い笑ってみて、と母に言われたけれど、今日は無理、と言って断った。
2014年5月10日土曜日
Re:どうでもいい
寂しくなるとマカロニを茹でる。子どもの頃、母が手を抜いて時々、茹でたマカロニに粉チーズを振っただけのものを昼食に出していた。今さらそんな昔の事を思い出して泣けるほど素直じゃないが、要は、この名もなき食べものの存在を誰も知らない事が大切で、これを食べている時だけ、私は身体にまとわりつく煩わしきものもの全てを引きはがし、何ひとつ経験していなかった(ような)頃の気持ちを取り戻せるのである。咀嚼されてこまかくなり、飲み込まれ、身体に取り込まれるマカロニちゃん。いつか私の身体になって汚れるマカロニちゃん。あの頃は汚れを知らなかったマカロニちゃん。
あの夜は何となく楽しくて、ごはんをたべながら何杯か酒を飲んだ。そこでふと聞かれた質問に対し、どうでもいい事を説明するのに時間をかけてしまって息が詰まった。その瞬間、彼は言った。「まあ、どうでもいいんだけど」。その事に、存外私は傷ついた。傷つくのに、資格なんていらない。
面倒なのと、リビングに行くのが嫌だったので台所に立ったまま、茹で上がったマカロニちゃんをたべた。洗い物もすぐできるし、合理的で素晴らしい。母が見たら、お行儀が悪いからあっちに行ってたべなさいと言うだろう。でも、案外今の彼女だったら、何もかもどうでもいいから私もここでたべるわ、と言うかもしれない。立ち食い蕎麦、立ち飲み屋。共通しているのはすぐにずらかれるという事で、ここには長居しない、という意思表明をその場に入ってきた時からみんな行うことになる。
彼が「どうでもいい」と言い捨てた私の一部は、私にとってもどうでもいい。けれど簡単に処理はできない。それも含めてどうでもいいのだろうけど、つまらない何かをしゃべるのに口を使うくらいなら、私は他のことに使いたい。
マカロニちゃんは単純な味をしている。でもジャンクじゃない。パスタソースも使ってないから、油も少なくてヘルシー。余分なものだらけの人生を振り返る時には、マカロニちゃんにいてほしい。義務、思い込み、同調圧力。がんじがらめの私が自由に行き来できるのは現在と過去の間だけ。 未来なんてどうでもいい。どうでもよくないからそう強がるのだと人は言う。本当だろうか。なんて、冗談だよね、可愛い私のマカロニちゃん。 立ったままたべ終わったら、すぐ片付けて出ていかなくちゃ。
あの夜は何となく楽しくて、ごはんをたべながら何杯か酒を飲んだ。そこでふと聞かれた質問に対し、どうでもいい事を説明するのに時間をかけてしまって息が詰まった。その瞬間、彼は言った。「まあ、どうでもいいんだけど」。その事に、存外私は傷ついた。傷つくのに、資格なんていらない。
面倒なのと、リビングに行くのが嫌だったので台所に立ったまま、茹で上がったマカロニちゃんをたべた。洗い物もすぐできるし、合理的で素晴らしい。母が見たら、お行儀が悪いからあっちに行ってたべなさいと言うだろう。でも、案外今の彼女だったら、何もかもどうでもいいから私もここでたべるわ、と言うかもしれない。立ち食い蕎麦、立ち飲み屋。共通しているのはすぐにずらかれるという事で、ここには長居しない、という意思表明をその場に入ってきた時からみんな行うことになる。
彼が「どうでもいい」と言い捨てた私の一部は、私にとってもどうでもいい。けれど簡単に処理はできない。それも含めてどうでもいいのだろうけど、つまらない何かをしゃべるのに口を使うくらいなら、私は他のことに使いたい。
マカロニちゃんは単純な味をしている。でもジャンクじゃない。パスタソースも使ってないから、油も少なくてヘルシー。余分なものだらけの人生を振り返る時には、マカロニちゃんにいてほしい。義務、思い込み、同調圧力。がんじがらめの私が自由に行き来できるのは現在と過去の間だけ。 未来なんてどうでもいい。どうでもよくないからそう強がるのだと人は言う。本当だろうか。なんて、冗談だよね、可愛い私のマカロニちゃん。 立ったままたべ終わったら、すぐ片付けて出ていかなくちゃ。
オムライスの上演のために
目覚めたら、物の怪は去っていた。これは近日あれが来る目安かもしれない。
私にはまだやっぱりいろいろ許せない事があって、その人が好きだから許せないとか、普通に毛嫌いしているから許せない人もいるし、よく分からないから許せないという事もある。でも、これが許せるようになったらどれだけ新しい世界が広がるのだろう、と思うし、それを楽しみにしたい。きっと、新しい自由を手に入れる事になると思う。
帰り道、女の子4人で歩きながら、その夜につくってたべたおいしい食事を振り返っていた。ごはんの用意してる時、男の子はみんな写真撮ってたね。それがおもしろかったね、とある女の子は言った。私は、自分でつくった料理は撮らない。誰かが綺麗に盛りつけてしずしずと運んできてくれたものをこっそり自分のカメラに収めるのがうれしいからである。また一緒にごはんたべましょう、と言ってその日はみんなと別れた。誰かがおなかをすかせて待っていて、おいしそう、これたべていい? と言ってくれる限り、私はがんばれる。
私にはまだやっぱりいろいろ許せない事があって、その人が好きだから許せないとか、普通に毛嫌いしているから許せない人もいるし、よく分からないから許せないという事もある。でも、これが許せるようになったらどれだけ新しい世界が広がるのだろう、と思うし、それを楽しみにしたい。きっと、新しい自由を手に入れる事になると思う。
帰り道、女の子4人で歩きながら、その夜につくってたべたおいしい食事を振り返っていた。ごはんの用意してる時、男の子はみんな写真撮ってたね。それがおもしろかったね、とある女の子は言った。私は、自分でつくった料理は撮らない。誰かが綺麗に盛りつけてしずしずと運んできてくれたものをこっそり自分のカメラに収めるのがうれしいからである。また一緒にごはんたべましょう、と言ってその日はみんなと別れた。誰かがおなかをすかせて待っていて、おいしそう、これたべていい? と言ってくれる限り、私はがんばれる。
透ける時間
ベッドの中で枕が毛布にくるまっていて、そう言えば今日はほとんど午後まで横になっていたのだと思い出した。あの状況からよく、起き上がって電車に乗ったものだ。信じがたい。
ちょっとした歯車の問題で悩むのはよくある。あれがよくなかったか、それともこれか、と思う時は、たいてい最初に思いついたあれが悪い。そういう勘は外さない。でも、その時はそれを防ぐための、小さな注意を払えないのが、私なのだ。重くのしかかって泣けもしないが、こんなに落ち込むのもおかしい。体調が優れないせいにしたい。
私が、何か物事の中心になるのは無理かもしれないな、と今夜思った。人に協力してもらう側から、うまくいかないことに自己嫌悪してしまいそうだ。もしくは、後から後から、嘆いてしまいそうである。でも「自己嫌悪がどこかにない物書きは絶対だめ」と先日TA嬢が力強く言っていたから、それはもう逆に、喜ばしいと思い込んで精進する。もしくは、こんな弱気も何かの発作と思うしかない。
過ごした時間は空気になって身体ににじむという、当たり前のことを感じている。私の肌に透ける時間はあなただけじゃなく、他の人にも見えるのだろう。
2014年5月8日木曜日
2014年5月7日水曜日
くだらない
「何がしたいのかわからない」という指摘が、私をなじっているように聴こえた。そう聴こえる耳にも問題があって、何かしら後ろめたいからなじられているように聴こえてしまうのだ。でも、後ろめたい事は悪い事ではなくて、話そうと思っていなかった事を準備もせず話してしまったのがよくない(ただし、彼と話している時はそういう事がまま起こる)。こんな言い訳はただの責任転嫁だが、そう言いながらも「転嫁」の「嫁」って何だろう、とくだらない事が気になる。何で「嫁」って書くんだろう? それがどうでもいいとは今は思えない。まあいいや。みんな私がいつも優しいからって、先に不機嫌になるのは甘えてるって思うけど「優しい」の「優」は「優柔不断」の「優」という意味でもあるから、彼らが不機嫌になるのも仕方ない。
決断を迫ってはだめよ、と数日前私はある人にアドバイスしたばかりだった。「いつでも連絡してこい」というのではなく「今日会える?」と訊かれた方が返事をしやすい。かといって「俺かあいつかどちらかを取れ」と迫るのではなく「どんな事があっても側にいる」と伝える。いささか綺麗事すぎるかな、とも思ったけれど、恋愛相談は持ち込んできた人が元気になればいいのであって、何が起きるかなんてそこから先は誰にもわからない。本当に、わからない。
MN嬢、TA嬢との読書会にて、谷崎潤一郎の『痴人の愛』をテーマに話した。この物語そのものが、男の壮大なるプレイなのかどうか、というところに議論はたどり着いた。自己の輪郭を語りに溶かしながら、男は何を思っていたのだろうか。「何がしたいかわからない」という言葉は、この小説の男と女にも当てはまる。しかし私に言わせれば「何がしたいかわからない」人々は、「したい事」はなくても「したくない事」はあるのだ。小説の男は、女に逃げられたくなかったという一点に尽きる。私はたぶん、誰にも嫌な思いをさせたくないのだと思うが、そういう気持ちが誰かに嫌な思いをさせる事は、10年前から知っているのでもうどうにもならない。
決断を迫ってはだめよ、と数日前私はある人にアドバイスしたばかりだった。「いつでも連絡してこい」というのではなく「今日会える?」と訊かれた方が返事をしやすい。かといって「俺かあいつかどちらかを取れ」と迫るのではなく「どんな事があっても側にいる」と伝える。いささか綺麗事すぎるかな、とも思ったけれど、恋愛相談は持ち込んできた人が元気になればいいのであって、何が起きるかなんてそこから先は誰にもわからない。本当に、わからない。
MN嬢、TA嬢との読書会にて、谷崎潤一郎の『痴人の愛』をテーマに話した。この物語そのものが、男の壮大なるプレイなのかどうか、というところに議論はたどり着いた。自己の輪郭を語りに溶かしながら、男は何を思っていたのだろうか。「何がしたいかわからない」という言葉は、この小説の男と女にも当てはまる。しかし私に言わせれば「何がしたいかわからない」人々は、「したい事」はなくても「したくない事」はあるのだ。小説の男は、女に逃げられたくなかったという一点に尽きる。私はたぶん、誰にも嫌な思いをさせたくないのだと思うが、そういう気持ちが誰かに嫌な思いをさせる事は、10年前から知っているのでもうどうにもならない。
2014年5月6日火曜日
無駄な情
日曜日なのにずっと土曜日だと思っていて、今日は日曜日だという趣旨のメールをしてきた人に、土曜日ですよ、と返し、それを指摘されて、やっと気づいた。これまでにも、日にちの軽い勘違いはあったが、ここまで思い込んで長く気づかなかったのは初めてで、恐ろしさを覚えた。指摘された後も、しばらくわからなくて完全に戸惑ってしまったくらいだ。よく考えたら、土曜日にいつも見ているテレビを見たのは昨日の事で、今朝は日曜日にやっている番組を見たはずなので、確かに日曜日なのだ。薬が少し新しくなってから、記憶がますます混濁して困る。起き抜けに受信したメールには返信できない。妙な事を書いてはまずい、という意識が働いて、読みはするがそのままにしてしまうのである。思い出さずにまた次の薬を飲む時間になるので、忘れられたものは永遠に忘れられてしまう。
世の中には無駄な情が多すぎる、という言葉について、こんこんと湧く泉を胸の中に持っている人ほど自分の情の深さに嫌気がさしたりするものなので、私は大して感銘を受けなかった。
世の中には無駄な情が多すぎる、という言葉について、こんこんと湧く泉を胸の中に持っている人ほど自分の情の深さに嫌気がさしたりするものなので、私は大して感銘を受けなかった。
2014年5月4日日曜日
ゆりかごと墓場
とにかくひどく疲弊した。古い慣習や振る舞いを信じて疑わない人というのは今も確かにいる。大多数を占める。私を脅かす。でも、それを乗り越えずに生きるのは不可能だ。それが下地にあるのとないのとでは、私の感じ方も書くものも異なる(良くなる)と信じるしかない。芸術はもともと社会からはみ出たものを扱うようなところがあって、それが救いでもあるし、理解を得られない大きな理由でもある。だけど社会からはみ出るという事を、自分からはみ出た何かと区別出来ていないのはよくない。甘い。ぬるい。
あのへんに長く住もうという人はもういないでしょう。最近は地震も少ないし、ここは内陸だから、海沿いの辺りとも違って安心だ。家と墓を買うには打ってつけですよ、と老人は言った。私は、え、でもそんなこと言ったって、と思いながらどうする事もできずにいたけれど、しばらくしてから老人は、今日は楽しかったですね、今度は海沿いに魚を食べにいきましょう、と私を誘ったので、思わず耳を疑った。
あのへんに長く住もうという人はもういないでしょう。最近は地震も少ないし、ここは内陸だから、海沿いの辺りとも違って安心だ。家と墓を買うには打ってつけですよ、と老人は言った。私は、え、でもそんなこと言ったって、と思いながらどうする事もできずにいたけれど、しばらくしてから老人は、今日は楽しかったですね、今度は海沿いに魚を食べにいきましょう、と私を誘ったので、思わず耳を疑った。
2014年5月3日土曜日
手負いの獣
飲み屋は好きでもあるし、嫌いでもある。秘密を秘密のままにさせてもらえないような、何か喋らされてしまうような事が起きるからだし、人の秘密の心が透けるからでもある。秘密を透けさせない大人ほど、飲み屋の上級者である。この間お会いした紳士は、手駒を何一つ見せないのにこちらの気持ちをするする引き出してしまう技術を使い、澄ましてコップを干していた。彼の前では私のごとき人間は超・若輩者であり、やわらかくしなる彼の言葉に投げ飛ばされ続けるしかなかった。しかし、まったくけがを負わされない本当に巧みな投げ方であり、数日経ってもあれが何だったのか私にはわからないような魔術だった。ちなみに同様の魔術はOY氏なども使うが、OY氏がどちらかといえば黒魔術的なのりなのに対して、かの紳士は完全なる白魔術であり、私をえぐりながらも癒しを残すものだった。
深追いという言葉が好き、と言った私に彼女はその時「でも深追いって、その言葉を使う時にはもうすでにしてしまってる事が多いよね」と言った。同様の言葉に「抜け駆け」があるな、という事には昨日気づいた。
深追いという言葉が好き、と言った私に彼女はその時「でも深追いって、その言葉を使う時にはもうすでにしてしまってる事が多いよね」と言った。同様の言葉に「抜け駆け」があるな、という事には昨日気づいた。
2014年5月2日金曜日
別室にて
毎夜毎夜、人を残して床を出る。眠くなるまで眠らないと決める事にも勇気が要る。冷蔵庫をあけて作業をし、翌朝に備える。端から見たらかなり改善はした。しかし真夜中になると、失望と疲労が募る。まだ2:48だ。日の出までは遠い。
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