2015年1月12日月曜日

台湾の猿

その昔、父がまだ独身で若かったころ、彼の家では猿を飼っていた。父の父が台湾から戻ってくる時にもらってきたという、謎の猿である。なぜ台湾に行ったのか、勝手に動物を持ち込んで平気だったのか、今となっては何もわからないが、とにかく猿はその家に来た。雌の猿は、父のことをとても好きだった。ある時、父が結婚することになり、のちに私の母となる女を実家に連れて行った時、猿は母に飛びかかったという。父が抱いて宥めると、猿は父の肩越しに歯を「いー」とむき出しにして、母を威嚇しつづけた。母はそれからずっと、猿に怯えつづけた。母は娘をふたり生んだが、いずれの娘も、猿から大変に嫌われた。猿は母とふたりの娘をひどく脅すので、たいてい檻に入れられていたが、たまに出してもらうとすぐに父の膝に乗り、毛づくろいするように服の生地をなでていた。少し時間が経ってから母が父に似た息子を生んで、猿の住む家に連れていったところ、猿は彼を気に入って自分から膝に乗った。それで、私の弟は今でも「あの猿はかわいいところもあった」などと言う。私たち女からしてみたらかわいいどころではなく、歯をむかれて攻撃された恐ろしい思い出しかない。猿は化け物かと思うほどに長生きして、10年前に死んだ。そんな猿にも名前があったことをこの間久しぶりに思い出し、弟がその名を母に告げたところ「ああ、あの猿にも名前あったんだっけ」と、ぞんざいに言った。夫の愛人を侮蔑する正妻のような言いぐさだったが、猿にしてみれば母のほうがあとから現れて父を盗んだのであるから、先に死んでこんなに言われるのは報われないことである。

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