2016年1月31日日曜日

知らない誰か

ついにこの時が来てしまったと言うべきか、自分にだけは起こりえないと思っていたことが起きてしまった。昼過ぎに、旧い友人からメールが来たのだ。昨日の深夜に私が送ったメールへの、返信だった。メールには、私の送った文面が付属していた。読み返しても、一行たりとも記憶になかった。どんな状態でも、自分がやったことは覚えている。あとから読み返して少しあせるにしても、だ。あんなこと言ってしまったとか、言わなくてもいいことを書いてしまった気がする、という出来事は実はここのところ頻繁で、翌朝確認しては、まあ許容範囲だろうとか、ちょっと不審だったんじゃないかと落ち込んだりする。だけどまったく覚えていないなんて初めてで眩暈がした。昨日、彼女からメールアドレス変更連絡が来て嬉しかったのは覚えている。最近、なつかしく思い出していた相手だった。明日返信しよう。そう思って昨日は返信しなかった。昨夜は日付が変わる前に床に就いた。なのに、私は彼女からの久しぶりの連絡をよろこぶ文章を、深夜1:00に送っていた。


こんばんは、大学の同期だった です。
今日メアド変更の、連絡もらって
ものすごく嬉しかった。
忘れそうなつながりが、まだあるんだってことが本当に嬉しかった。
私も今は

というアドレスでやっています。
相変わらずの東京暮らしです。
また  ちゃんに会いたいなと願ってます。元気でね。


物心ついた時から、私は私で揺るぎなく、自分を名前で呼ぶような振る舞いもせずに、ずっと「わたし」という一人称を貫いてきた。生まれて初めて、分裂した自分を見てしまい、今は恐怖しかない。しばらく薬で眠るのはやめる。

でも旧い友人には、来月会いに行こうと思う。私が私として万能で、満たされていた頃の私は、もう居ないんだけれど。

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