夜、妹が会おうと言ってくれたので、新宿の喫茶店で待ち合わせをした。接待で遅くなったと言って彼女は、ばりばりの営業の空気を少しまとったまま現れた。しばらく思いつくまま話をしていて、この冬ニューヨークに行くという妹に、ポール・オースター知ってる?と聞いたら彼女は、O.ヘンリーしか知らない、と答えて、中学生のころの英語の教科書に載っていた『賢者の贈り物』について思い出話を始めた。彼女は、懐中時計を売って櫛を買った夫より、髪を売って時計の鎖を買った妻のほうが得だ、と考えていたらしい。なぜなら、時計はお金がないと取り戻せないけど、髪はまた伸びるから。
それを聞いたとき、はじめは面白かった。デラとジムという主人公の名前まで覚えているほど細かく読んでいるくせに、読みながらそんなことを考える中学生がいるんだ、と思ってびっくりした。でも、笑っていたらだんだん感情のチャンネルが重なってきてしまって、しまいには喫茶店で人目もはばからずにぼろぼろ泣いてしまった。妹は、えっ何で泣くの!泣きやんで!と言ってくれたけど、まきちゃんはあんまり損得勘定が理解できない子だからねえ、と慰めてもくれた。そういえば妹は、損得勘定が子どものころから得意であった。
あとは、いちいちペプシコーラを開けるときに大きな音を立てる男が嫌だと思っている話や、常軌を逸した音量で携帯電話を鳴らす男が嫌だ、というような話を聞いてもらった。妹は、うんうん、とうなずいて、長女だからねえ、周りの環境にすごく振り回されるんだよねえ、と言った。彼女のほうがよほどいろいろ見えているのが心底悲しく思われて、またしくしく泣いた。
野田秀樹演出で『障子の国のティンカーベル』が再演される。過去に私が観たのは、2002年の鶴田真由が主演のバージョンだ。今はなき、両国のベニサンスタジオに行ったのだった。それに連れていってくれたのは、当時の私のパトロン的な謎の紳士で、彼は今思い返しても誠に謎の紳士であった。キース・ジャレットを聴きに上野まで連れていってくれたのも彼だし、私の出演する公演があれば大輪の薔薇の花束を届けてくれたりもした。彼とは音信不通になってしまって久しいが、季節の変わり目には思い出す。
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