次の例文を恙なく詳かに読め。
1.
憚る必要もないから言うけど、この街一番の美丈夫と昵懇な間柄なの。驕っているわけでもないわよ。閨で彼を待っていると、彼は蔀をそっと開けて旋風のように舞い込んでくる。因襲の桎梏からは逃れられないものね。彼の榛色の瞳はとても綺麗だから躊躇なんて無いし、後朝の別れが来るまで、縞模様の羽織に抱かれていたいっていつも思うわ。
2.
猪口は二つでいいかな、まあ聞いてくれ。石花石膏の肌理をした女に誑かされたんだ。ふたり気配を消して躙り寄って、手を取った。襦袢を透けて光が滲む姿はまるで衣通姫の末裔で、たとえ草の褥の上でだってその残滓を啜らずにはいられない。ただ、こんなこと言うのは烏滸がましいけど、そういう時は悉く裏目に出るものだね。そのとき襖を開けて現れたのが我が莫逆の友、勅使河原君というわけだよ。
3.
初な娘を拐かして落花狼藉を働いたなんてひどい言い草だな、四方山話をしていただけだ。思うが儘に花弁を散らして蹂躙はしたけど、そのあと壁一面に髑髏の絵を一緒に描いた。だって可愛いんだよ。家鴨みたいな唇でさ。僕は、いつでも立場を弁えて約やかに話す女が好きだからね。
4.
燐寸なんか要らないわ。郭の傾城じゃあるまいし煙管なんて吸わないもの。私に瑕疵は無いんだから庇って。いっそ攫って。等閑にしないで。爪に鑢を掛け終わるまでは待って。
5.
あら、梢に鶸色の鸚鵡が来てる。こんな時分に珍しいこと。この森には樫や楢の大きな木があって、秋には団栗が拾えるのよ。春には蕗の薹も生えるし、薇だって取れるみたい。奇妙な話だけど、仙人掌も植わっているの。本当だってば。私は躑躅が一番好きかな。紫陽花にはまだ早いけれど。一度にたくさん花をつける樹が好きなのよね。
6.
本当はとても億劫でしたのに、嫂が無理矢理にね。余りにお育ちに矜恃をお持ちの方だから生来曖昧で茫漠とした私にはお相手が務まりませんでした。此処だけの話だけど、あの方、三和土で鶉を飼っていらっしゃるんですって。わたし鶉はちょっと。軍鶏も怖くて。だから屏風の前で華燭の典というわけには参りませんでしたの。欠伸ばかりしてしまって退屈だったんじゃないかしら。うまくお話ができなくて、全く忸怩たる思いですわ。
7.
駱駝に乗せる鞍よりも、翡翠か瑠璃か玻璃の玉を私に贈って。無ければ石鹸でも良いし蝋燭だって良いけど、もし私が天鵞絨を欲しがっているように見えたのなら、それは誤謬。
8.
まったくその窶ればんだ様子ときたら、ひどい為体だな。蝙蝠か蜥蜴に逃げられただけだと思えよ。強請に遭ったわけでもあるまいし、いつかまた東雲の日も昇るさ。狼煙を上げて、ほら、骰子を振れ。
9.
十露盤を振って音を出しているだけでも良ければ、側にいるわ。こんなことで靡くような人じゃないのは分かっているから、せめて餞の菫だけでも受け取ってね。
1.
憚る必要もないから言うけど、この街一番の美丈夫と昵懇な間柄なの。驕っているわけでもないわよ。閨で彼を待っていると、彼は蔀をそっと開けて旋風のように舞い込んでくる。因襲の桎梏からは逃れられないものね。彼の榛色の瞳はとても綺麗だから躊躇なんて無いし、後朝の別れが来るまで、縞模様の羽織に抱かれていたいっていつも思うわ。
2.
猪口は二つでいいかな、まあ聞いてくれ。石花石膏の肌理をした女に誑かされたんだ。ふたり気配を消して躙り寄って、手を取った。襦袢を透けて光が滲む姿はまるで衣通姫の末裔で、たとえ草の褥の上でだってその残滓を啜らずにはいられない。ただ、こんなこと言うのは烏滸がましいけど、そういう時は悉く裏目に出るものだね。そのとき襖を開けて現れたのが我が莫逆の友、勅使河原君というわけだよ。
3.
初な娘を拐かして落花狼藉を働いたなんてひどい言い草だな、四方山話をしていただけだ。思うが儘に花弁を散らして蹂躙はしたけど、そのあと壁一面に髑髏の絵を一緒に描いた。だって可愛いんだよ。家鴨みたいな唇でさ。僕は、いつでも立場を弁えて約やかに話す女が好きだからね。
4.
燐寸なんか要らないわ。郭の傾城じゃあるまいし煙管なんて吸わないもの。私に瑕疵は無いんだから庇って。いっそ攫って。等閑にしないで。爪に鑢を掛け終わるまでは待って。
5.
あら、梢に鶸色の鸚鵡が来てる。こんな時分に珍しいこと。この森には樫や楢の大きな木があって、秋には団栗が拾えるのよ。春には蕗の薹も生えるし、薇だって取れるみたい。奇妙な話だけど、仙人掌も植わっているの。本当だってば。私は躑躅が一番好きかな。紫陽花にはまだ早いけれど。一度にたくさん花をつける樹が好きなのよね。
6.
本当はとても億劫でしたのに、嫂が無理矢理にね。余りにお育ちに矜恃をお持ちの方だから生来曖昧で茫漠とした私にはお相手が務まりませんでした。此処だけの話だけど、あの方、三和土で鶉を飼っていらっしゃるんですって。わたし鶉はちょっと。軍鶏も怖くて。だから屏風の前で華燭の典というわけには参りませんでしたの。欠伸ばかりしてしまって退屈だったんじゃないかしら。うまくお話ができなくて、全く忸怩たる思いですわ。
7.
駱駝に乗せる鞍よりも、翡翠か瑠璃か玻璃の玉を私に贈って。無ければ石鹸でも良いし蝋燭だって良いけど、もし私が天鵞絨を欲しがっているように見えたのなら、それは誤謬。
8.
まったくその窶ればんだ様子ときたら、ひどい為体だな。蝙蝠か蜥蜴に逃げられただけだと思えよ。強請に遭ったわけでもあるまいし、いつかまた東雲の日も昇るさ。狼煙を上げて、ほら、骰子を振れ。
9.
十露盤を振って音を出しているだけでも良ければ、側にいるわ。こんなことで靡くような人じゃないのは分かっているから、せめて餞の菫だけでも受け取ってね。
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