喫茶のマスターの誕生日ということに、昼も近くなってから気づいた。続々と、島の人やら滞在アーティストやらが、小さいプレゼントを持ってやってくる。ジャム、ハバネロソース、オリーブの砂糖漬け、ウイスキーなど。ちょうど芸術祭のイベントの狭間でみんな退屈してるだけだよ、Facebookで知ったんだろうね、と言いながらもマスターは嬉しそうにしていた。
日曜日なのに喫茶は暇だった。おかげで思いがけず尋ねてきてくださった方とゆっくりお話しすることができた。7月の序盤に、こうしてこの場所を尋ねてくださるのはありがたい。一度足を運んでみる、ということが有効なのは大人になれば誰しも多少はわかっていることなのだが、そのための時間や費用を捻出するのが大変なのも、大人なのである。
坂手港には「あんがん」というゆるキャラがいる。ビートたけしとヤノベケンジが2013年につくった「アンガー・フロム・ザ・ボトム」という大きな美術作品がモチーフになっている。「アンガー(=怒り)」という名前の由来もパンクだが(たとえば日本のどこの自治体に「悲しみちゃん」なんていうキャラクタがいるだろうか!)すごいのはその見た目だ。島にある古井戸の底に潜む巨大な地霊的化け物をかたどっているので、頭には斧が刺さっている。赤い目は100円均一のお椀でつくられており、顔の銀紙は島のおじさんが家に溜めこんでいたラーメンの袋を裏返して貼ったものだ。観光案内所のおじさんたちが交代で中に入るが、夏場は暑いので熱中症で倒れた時のために、おじさんが必ずもうひとり付き添っている。そんなあんがんは、フェリーが到着すると港へ出迎えに行き、観光客とハイタッチする。坂手港には同じくヤノベケンジ作「スター・アンガー」という彫刻もあり、それは銀ピカでぐるぐる回る巨大なトカゲの形をしているんだけど、あまりにも自然に港のランドマークとしてなじんでいる感じがするので、あんがんが出てきても驚いたりする観光客はあまりいない。
「マジヤバくて最高よな」と島のある人は嬉しそうに笑いながら言う。まさに「アート」の浸食に対抗しうるのは、誰かの無邪気にも見えるクリエイティビティであり、しかしそれを引き出すのはやはり最初にやってきた黒船のような「アート」なわけだから、ひとつひとつほどいて、地域の人々の話を丁寧に聞いてみないわけにはやはりわからない。
夜は神社のお祭りに行き、新しくなった町の元幼稚園での宴会に少し参加した。子どもたちがこんなにいるんだ、と思ってびっくりしたけど、島でできた友だちが「逆に言うと、これだけとも言える」と教えてくれた。この夏初めてのかき氷を食べながら、夜道を歩いて帰る。大の大人がかき氷を食べさせあい、味を比べて当てっこをしながら歩ける夜は幸せだ。
宿舎に戻ると、畑の帝王から共有冷蔵庫にバースデー押し寿司の差し入れがあって、サランラップにマスターの誕生日を祝うメッセージが書いてあった。私はちょうどおなかがすいていたので、もうおなかいっぱいだというマスターを誘って、真夜中に押し寿司を食べた。
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