エリエス荘の少女から、チョウの幼虫はどんな葉を食べるのか教えてもらった。一度で聞き取れなくて聞き返すと「クス科」というむずかしい言葉を、あどけない口調で繰り返してくれた。「あと、クチナシ」と言うので、えっ、ガも育ててるの? と訊いたら、彼女はこくんとうなずいた。ふたつのさなぎは今日も紙コップの中でじっとしている。
喫茶が休みだったので買い出しに出た。毎年、小豆島でしか運転しない車を、一年ぶりに運転した。 だんだん体が慣れて、最後はうまくエリエス荘に到着した。
美大生は看板、メニューのポップに意欲を燃やしはじめ、あきらかに顔つきが変わってきた。「自分ができることは、ちゃんとできる、と宣言しなさい」と彼女に初めて会った日、私はえらそうにも言った。その時おどおどしていた彼女が今では嘘のようだ。「自分は絵が好きだ。自分は絵が描けるから、ここに描いて残したい」と言うようになった。メニューひとつひとつのイラストを可愛らしく描き、いそいそと準備している。夜に、畑の帝王が手伝いにきてくれて侃侃諤諤と看板の場所や色味、素材についてやりあっている美大生は頼もしかった。手を動かしつづければ、いつか、帝王のような男とも対等に話し合えるようになるだろう。喫茶スペースに飲み物を取りにきた帝王は、「なあ、彼女、顔いきいきしてきたと思わん?」と、にやにやして私に耳打ちしてきた。
日が暮れてゆく時間に、喫茶のある2階から、少女とその妹がエリエス荘の管理人女史とお散歩しているのを見た。子どもたちは楽しそうに声をあげ、花をつんだり、石ころを拾ったりしている。私の目の前には花壇があって、挿し木のミントとローズマリーが、頼りなげに小さく植わっていた。芽はぜんぶで八つ、十もあるだろうか。全部が全部、根づかなくてもいい。蒔いた種が全部根を張るのは難しいし、ありえない。二つ三つ、できれば四つでも、大きく育てばいい。島の夕陽が消え、お散歩する姉妹が見えなくなるまで、私は花壇を眺めて考えていた。
0 件のコメント:
コメントを投稿